【次の休みは胎内に】食の魅力咲きほこる「美味し田舎」、ロイヤル胎内パークホテル(新潟県胎内市)で味わうガストロノミーツーリズム【動画あり】
土地の美食<ガストロノミー>を求めて
近年、政府(観光庁)が力を傾けているのは、外国人旅行者から需要が高い日本の食について、魅力的なガストロノミーツーリズムコンテンツを造成し、インバウンド誘客を高めるとともに地方誘客を促進する取組だ。観光分野の経済波及効果を地域全体で最大化しようという試みである。
この観光庁が言う「ガストロノミーツーリズム」は、スペインのサンセバスチャンやデンマークで生まれた概念と少しニュアンスが異なる。「和製ガストロノミーツーリズム」は、その土地の気候風土、食材、習慣、伝統、歴史などで育まれた食文化を発見し、楽しむ旅行を指す。「その土地のものをその土地に食べに行く」ことに重きが置かれる。これが面白くもあり、そこで真の美食に出会ったりもする。
デンマークの「世界一のレストラン」ノーマが2024年で営業を終了する今、ガストロノミーツーリズムの概念がグローバルに転換するのも、それはそれで良いのではないか。「美味しい田舎にこそ、訪れる価値」だと言えよう。
そしてその意味で、胎内という土地は実に豊穣だ。
現在の胎内市は2004年に旧中条町と旧黒川村が合併してできたのだが、この黒川村はかつて「奇跡の村」と言われた。大洪水で壊滅的な被害を受けた山村が、生き残りをかけて自然を活かした観光業にシフト、バブル期までに新潟を代表する保養地となる。
しかしバブル崩壊後、人々の「観光」や「リゾート」に対して求められるものが変化する中、従来型のリゾートは運命的に衰退をたどった。
その中で当時の伊藤孝二郎村長は「本物の食の魅力をつくりたい」と、村の若手をスイス、ドイツ、デンマークなど欧州各国に派遣して、ワイン、クラフトビール、チーズ・ヨーグルトなどの乳製品、ハム・ソーセージなど畜産加工品などのノウハウを持ち帰らせた。ある者は海外の有名ホテルでホスピタリティの真髄を学んだ。加工場やワイナリー、ビアパブなどをつくり、全て村営として丸抱えした。こうしたいきさつから、胎内という土地に「本物の美食」が刷り込まれた歴史がある。「人」と「歴史」が胎内のテロワールをつくりあげているのだ。
醸造所「胎内高原ワイナリー」。ここは2007年に設立した市営のワイナリーで、全国的にも珍しい。全て自圃のぶどうを使用し、約6haのブドウ畑からつくられるワインはたった1万5000本。産出量はとても少ないが、美味いワイン葡萄ができる条件が揃った土壌、その持ち味を最大限に引き出す自然派の生産手法は、昨今ワイン界に訪れているうねり「ナチュール」。代表銘柄ツヴァイゲルトの濃醇な味わいとベリーを中心としたエレガントな香りで各方面から高い評価を受けるが、前述のように産量が少ないため、飲もうと思ったら胎内リゾートに行くのが確実。これぞ「ワインツーリズム」への誘(いざな)いか。
「土地の魅力を活かした優しい味で」
胎内リゾートのランドマーク、ロイヤル胎内パークホテル。その佇まいは湖畔に屹立する欧州の古城。エントランスをくぐると、大理石に囲まれた絢爛かつ上品な雰囲気はロイヤルの冠に相応しい非日常を感じさせる。
ロイヤル胎内パークホテルの池田一秀総料理長が手がける料理の数々が、とにかく素晴らしい。県北の土地柄と季節感を大事に、手法自体はフレンチの本道でありながら、地元の素材を効果的に落とし込んで描く。特に地場野菜の使い方が白眉だ。
― 「この土地で、どんな料理を」と心がけているものはありますか?
池田(以下略) 漠然とした言い方になりますが「優しい味」の料理を。ここではあまりとがった料理、攻めた料理じゃない方が良いかと。味もそうだし姿勢もそうですね。穏やかに、ひたすら穏やかに。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、そんな当たり前のことは守っていこうと思っています
― 県北の土地柄、気候や風土を意識された料理と感じますが
私自身、地元のものを使うのが料理には一番良いと思っています。良いものを見つけた時は積極的に使っていますね。その中でもひとつ、という話でしたら私はえだまめを推したい。収穫時期によって銘柄が変わるのも良いですね。地元の農家の方が「こんなのできました」と持ってきてくれるのですよ
― 今年のグランドメニューを制作中だと伺いました。どんな献立にしたいですか?
(少し微笑みながら)そうですね。ひとつ言えるのは、見た目でも楽しめるものを、と。いろいろ思案中です。決して東京の有名シェフと張り合うつもりはないのですが、田舎だからといって甘んじるつもりもない。田舎には田舎の良さがありますから
館内「レストランMISAGO」の料理にも、かつての黒川村に育まれた「来た人に、本物の美食を」というマインドが確かに息づいている。泊まりでなくとも、ドライブついでに気軽に立ち寄ってランチをいただくことができるので、ぜひ胎内高原グルメの片鱗にふれていただきたい。
米粉発祥の地、さすがの実力
さて「レストランMISAGO」で池田料理長の料理の他に、どうしても気になるものがあった。米粉でつくられたロールパン、これが驚くほど美味しかったのだ。ふっくら、もちもちした独特の食感、ほんのり優しい甘み、生地のきめ細かさ。まるで炊き立てごはんのような風味があり、和惣菜とも相性がよさそう。
胎内市は米粉発祥の地だという。ただおそらく、米を挽いたライスパウダー自体は昔からあったはず。「上新粉」や「求肥粉」などがそれだが、なぜ胎内が米粉の発祥地なのか。
1998年、旧黒川村に日本初の米粉専用製粉工場「黒川村米粉処理加工施設」がつくられた。当時は米の生産調整や消費量減少の背景があり、その対応策をという流れがあった。一方で伊藤村長が着目していたのは、この直前に新潟県で開発された新しい米粉、微細米粉の存在である。それまでの米粉は小麦粉に比べて粒子が荒かったため、用途が限られていた。この微細米粉は、米を米飯食以外のパンやスイーツに応用できる可能性を広げた、画期的なものだった。その意味で新潟県の米粉の技術は常に国内トップであり、その具現の場が胎内だった。「黒川村米粉処理加工施設」は後に「新潟製粉株式会社」となり、現在も国内トップメーカーとして胎内市に本社工場を構える。
ロイヤル胎内パークホテル内には米粉パン専門ベーカリー「LORO(ロロ)」がある。毎朝ホテル内で焼かれる米粉パンは人気で、泊り客以外にも買いに来る人が多い。実際「LORO」の米粉ブレッドを食べてみると、その美味しさに驚かされ、新しい世界を見せられた気になる。ずっしり濃密なボリューム感、しっとりきめ細かい生地。トーストするとカリカリの香ばしさが乗って実に良い。米由来の甘みがほんのりあって、しなやかな食感がいつまでも続く。様々な食材と合うので、オープンサンドにもうってつけだ。
施設内のカフェ「Baum(バウム)」には、米粉スイーツが盛りだくさん。現代では、全国各地で米粉を使ったケーキや様々なスイーツは普通に食べられるが、その背景には新潟県が開発した微細米粉の技術と新潟製粉の存在がある。バウムのスイーツも、どれも質が高く、さすがにこの分野で全国をリードしてきた土地なのだと感じずにはいられない。
かつて、リゾートコンテンツのすべてを内製しようと試みた「奇跡の村」があった。その村では、訪れる観光客に「本物の美食」を提供しようと研究と技術研鑽を重ね、日本で唯一のイノベーションを生んだ歴史もある。
「美食を求めるなら胎内に」それは正しい。
(文 伊藤直樹)
【関連記事】
【帰る旅】 郷愁・歴史と質感 ― ロイヤル胎内パークホテルへ小さな旅で「胎内回帰」する(2024年1月19日)