【上杉景勝公は実は饒舌だった?】謙信公「義の心」の会が「上杉景勝と義の精神」と題する歴史家の乃至正彦氏の記念講演会を開催
新潟県上越市ゆかりの戦国武将・上杉謙信公を顕彰する、謙信公「義の心」の会(石田明義会長)は4月27日、歴史家の乃至(ないし)正彦氏を招き、「上杉景勝と義の精神」と題する記念講演会を上越市民プラザで開いた。当日は同会員など約20人が集まり、乃至氏の大胆な新解釈に驚きつつも熱心に耳を傾けていた。
乃至氏は戦国史、上杉家、上杉謙信公について造詣が深く、その冷徹で史実に基づいた忠実な歴史公証は高く評価されており、今一番注目される新進気鋭の歴史家だ。NHK BS番組「武将温泉」に出演、著書では「上杉謙信の夢と野望」(洋泉社)など多くの謙信公関連の番組や書籍を出版し、講演も行っており、昨年の同会例会でも講演している。なお、乃至氏の講演が聞けるのは上越市では同会のみ。
今回の演題である「上杉景勝と義の精神」は、謙信公の継承者は謙信公実姉の子である景勝公だが、その真の姿を近著「戦国大変」(ワニブックス)の中で書いている。謙信公の遺志を受け継いだ「義の継承者」上杉景勝公。直江状との本当の関係や人柄について乃至氏ならではの歴史文献から読み解き、上杉景勝公の意外な姿に迫った。
乃至氏は、「景勝は宴黙な人柄であったとされる史実が多いですが、真実は違ったようです。『論語』を重んじ、若い時は饒舌で人付き合いの良い性格だったと伝えられています。人の上に立つものとして、そこにしか救われない心の傷もあったのではないでしょうか。実際に『論語』を読んでみると、沈黙を保つこと、言葉を少なくすることの重要性が頻繁に書かれています」と話した。
また、「御館の乱以後、身内の裏切りや離脱など、さまざまな葛藤や試練を経て、寡黙になっていったもので、晩年の謙信公の形式よりも生き様で語る義の姿に、景勝は大きな影響を受けて人格が形成されたとみられます」と語った。
乃至氏は、昭和49年香川県高松市生まれで、現在神奈川県相模原市在住。平成23年に伊藤潤との共著「関東戦国史と御館の乱」でデビュー。著書は「謙信X信長 手取川合戦の真実」、「謙信越山」「戦国大変」「戦国の陣形」「平将門と天慶の乱」「上杉謙信の夢と野望」など多数。テレビ出演は、NHK「歴史秘話ヒストリア上杉謙信の折れない心~義の武将知られざる苦闘〜」、NHKBS「武将温泉」、NHKワールド、BS-TBS「諸説あり!」など。
なお、謙信公「義の心」の会は毎年11月に、謙信公が幼少の時に修行した上越市の林泉寺で坐禅体験会を開いているが、林泉寺のお堂に入られるのは同会のみとなっている。