【特別寄稿】小川未明の童話における少年像について―『花と少年』を中心として 第2回(上) 高鵬飛(中国出身、上越教育大学外国人研究者)

小川未明文学館(新潟県上越市)

様々な個性のあふれる少年像が描かれているのは、小川未明の童話世界における大きな特徴となっている。『花と少年』に描かれているお婆さんと孫との物語と違い、同じ1921年に「婦人公論」に発表された『大きな蟹』では、感情の世界に密着したおじいさんと孫二人の物語が描かれている。

ある日のこと、太郎は夜遅くまで、三里ばかり隔たった海岸の村へ用事があって、その日の朝早く家を出ていったおじいさんの帰りを待っていた。

この「三里ばかり隔たった海岸の村」という表現は『花と少年』の杖をついたお婆さんの歩いた距離を具体的に解釈しているのではないかと思われる。それから、似ている場面もある。朝、おじいさんが出かける前に太郎と約束した。「晩までには帰ってくる……」と、おみやげを「買ってきてやる」と言った。

「その日は、曇った、うす暗い日でありました。太郎は、いまごろ、おじいさんは、どこを歩いていられるだろうと、さびしい、そして、雪で真っ白な、広い野原の景色などを想像していたのです。」

雪を踏んで出ていったおじいさんはその日の深夜までもまだ帰ってこなかった。

「こんなに天気が悪いから、おじいさんは、お泊まりなさるだろう」と、家の人たちは言うけれども、太郎一人だけはおじいさんがきっと帰ってこられるだろうと堅く信じていた。
「いつもなら、太郎は日が暮れるとじきに眠るのでしたが、不思議に目がさえていて、ちっとも眠くはありませんでした。そして、こんなに暗くなって、おじいさんはさぞ路がわからなくて困っていなさるだろうと、広い野原の中で、とぼとぼとしていられるおじいさんの姿を、いろいろに想像したのでした。」

深夜におじいさんのことを心配している太郎のエピソードだけが描かれているが、おじいさんと孫の二人が愛しあっている本当の感情を読者はしみじみと感じることができるだろう。

「きっと、おじいさんは、帰ってきなさる。それまで自分は起きて待っているのだ」と考えている少年像がいきいきと描かれている。ひどい目にあったおじいさんの安否を心より心配しているのもやはり太郎一人だけである。

おじいさんは早く家に帰ろうと思ったけど、日が短いので、暴風雪の中を海辺のほうへ道をまちがって、いろんな苦労をしてから夜明けまで歩いて帰ったことと、またその後丈夫なおじいさんが大層弱くなったことから、また『花と少年』の杖をついたお婆さんの姿を思い出す。

『花と少年』と『大きな蟹』のテーマは同じ孫と祖父母の愛情である。舞台も同じ春の遅い、雪の深い北国である。そして主人公も同じ太郎である。二つの作品で、太郎とお婆さん、おじいさんとの真実な感情に対してそれぞれ異なる側面の描写により、さまざまな角度からより豊満な太郎という姿を作り上げ、立体感的に印象的で、忘れられない祖父母と孫二人だけの心の世界で通じ合う貴重な気持ち、家族の他のメンバー誰よりも親しい神秘的な肉親の情、そして有り難くてかけがえのない宝物のような感情世界をとらえて描き出した。まるで永遠に生きている絵、または彫刻に彫りこんだような感情豊かな少年像が生まれてきたと思う。

『花と少年』と『大きな蟹』よりも前の1918年に発表された童話で、有名な『金の輪』の主人公も太郎であった。病気のため久しぶりにベットから出られるようになった太郎が、二日間も続けて同じ時刻に、二つの金の輪をまわして走っている少年を見ることがあった。一日目には走っていた少年がちょっと太郎の方をむいて微笑んだ。二日目にはその少年は太郎の方に、前日よりもいっそうなつかしげに微笑み、またなにか言いたげな様子をして、ちょっと首をかしげたが、ついにそのまま行ってしまった。そして、二三日後、幼い七歳の太郎が亡くなってしまう妙な話である。この童話の結末があまり好きではない読者がいるが、金の輪をまわして走る少年と会わなければ、太郎は亡くならないかもしれないし、なんだかその少年が他界からわざわざ太郎を迎えにきたようにも考えられる。

『金の輪』と同じ年に発表された『薬売り』の主人公もまた同じ太郎であった。薬売りとの出会いはいかにも不思議であり、薬売りからもらった丸薬もまた驚くような霊薬であり、それは死にかかっている鷲の命を救った。救われた鷲は恩返しに暴風雨の深夜に珍しい遠眼鏡を送ってくれた。夜が明け、風も止んだ。太郎が浜辺に立って、鷲があげた遠眼鏡で沖の方をながめると、幾百里も遠い遠い海原の景色が、そして薬売りの乗っていった船も薬売りの姿も、その中に映るのであった。

「太郎はいつまでも、その船を見送っていますと、船はだんだん、知らぬ遠い遠い国の方へ小さくなっていってしまったのであります。」

想像を絶する作品だと思う。

高鵬飛プロフィール
1956年9月中国黒竜江省生まれ。教授、2016年9月ハルビン理工大学を定年退職、現在重慶外語外事学院に勤めて、上越教育大学外国人研究者。

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