【特別寄稿】小川未明の童話における少年像について―『花と少年』を中心として 第2回(下) 高鵬飛(中国出身、上越教育大学外国人研究者)

小川未明文学館(新潟県上越市)

太郎を主人公としない少年像を描いた童話の佳作はまだ数えきれないほどである。少年のいろいろな側面を異なる角度から描きどれも意味深く、読んでいて忘れられないほど印象深い。

例えば、童話『春』(注3)に登場した少年が「海を見渡しながら笛を吹いている」姿である。

「まあ、なんという危なかしいところへ、あの少年は乗って、笛を吹いているのだろう。そして、また、なんという、澄んで、遠くにまで響く笛の音だろう」と、海のほとりに出た町の人は驚いた。春の使いのような素晴らしい少年像でありながら、近づけずに寂しい姿であった。幻の少年、不思議な姿、小川未明の心では忘れられない少年像であろう。

『二少年の話』(注4)は、達ちゃんと秀ちゃんという二人の少年について描いた作品である。田舎から転校してきた秀ちゃんはよく達ちゃんの笑いものにされたけれども、ついに秀ちゃんの素朴で率直な人格と珍しい心の素晴らしさに魅了され、成長する少年の話である。最後に達ちゃんは秀ちゃんに「幾たびも感謝して」これから、自分も人のことをいわないようにしようと思った。秀ちゃんの善良と素朴なイメージ、また達ちゃんの活発とかわいいイメージは、忘れられない。

「赤い鳥」に載せられた『金魚売り』(注5)という童話も十二三歳の少年を印象深く描いていた。おとなしくて、生き生きとした目で、元気いっぱいでありながら、思いやりのある明朗な少年の姿である。また少年とおじいさんの心の通じあう物語でもあろうと思う。桶の中ではなく、別にしておいた円い、尾の長い、弱った金魚を大切に可愛がってやる気持ちは少年もおじいさんも同じである。可愛い、弱い金魚としっかりした善良の少年、そして苦労している優しいおじいさんという三角関係の組み立てによる人情味あふれるあたたかい物語である。感情が豊かで真実で、浸透力を持っていて、もしかしたら、少年時代と祖父のほのぼのとした映像に対する作者の思い出であるのか、或いは子供頃に祖父の感情の欠如に対する作者の感情の発露であるのかいうところまで読み取るようになった。

『新しい町』(注6)に登場してきた幸三はまだまだ子供でありながら働いていて、わずかに得たお金で年老いた母親を養っている。

「少年の思いは、届かずにはやみませんでした。一時重かった、母の病気もおいおいにいい方へと向かいましたけれど、衰弱しきったものは元のごとく元気になるには、手間がとれたのであります。

幸三のもらっている給金だけでは、思うように手当てもできなかったのです。彼は、それを考えると、悲しくなりました。」

ある日の夕暮れに、神様のお導きにより、幸三は堤の両側に建ち並んだある倉庫の扉を押し、暗い奥に入る。そこで、妙な少年労働者に会って、その少年のリードと励ましのもとで、弱い幸三でありながら、大人でも無理そうな重い鉄板を運ぶような過負荷の仕事を粘り強く成し遂げたので、少年とまた神秘的な社長を感動させた。その後、少年と社長のお陰で、お母さんにいろいろな滋養になりそうなお土産を持ち帰ってきて、ついにお母さんの体は、元のように達者になる。貧しい生活を送りながら、善良で親孝行心がある幸運な少年の話である。

『いちじゅくの木』(注7)という作品は年郎と吉雄という二人の少年がそれぞれいちじゅくの木を植える話である。いちじゅくの木の成長ぶりを少年の成長を例えているような分かりやすい、また意味深い物語である。二人はそれぞれ自分の家でいちじゅくの木を植えるが、結果として、年郎の家のいちじゅくは、裏庭の土のよい畑に植えたので、日当たりも風の通りもよく、ぐんぐんと伸びてゆき、二三年経つとたくさん実を結んだのが、吉雄の家のいちじゅくは、庭の隅に植えたし、土も日当たりも風の通りもよくないので、成長ぶりもあまりよくなく、一つの実がならなかった。どうしたのかとびっくりした吉雄は、「きっと、場所がいけないのだよ」という年郎の答えを聞いて、自分の植えた場所が悪かったのを悟って、誰でも同じような頭を持って生まれてきながら、できる人にもなり、また、そうでない人にもなっているのは、いちじゅくの木の成長と同じように、どこかに欠点と原因があったにちがいないと反省すべきであるという粗筋である。とてもわかりやすく、親しみやすい話である。

小川未明の生涯においては、心に刻まれているのは、まだ幼かった長男が夭折したことである。『千羽鶴』(注8)に描かれた、千羽鶴を造ったお宮へ捧げたおばあさんが、鶴の背中に乗って極楽で五歳で病死した長男と出会ったことと同じように、小川未明は亡くなった長男のことを、いつまでも心に留めていて、忘れることができなかった。

太郎シリーズの物語のなかの少年と『新しい町』に登場した幸三、『正ちゃんとおかいこ』の中の正ちゃん、また『眠い町』(注9)、『あらしの前の木と鳥の会話』(注10)、『金銀小判』(注11)の中の男の子、『海の踊り』(注12)に描いた嵐の海に残されたおばあさんの孫、善良かつ勇気を持つ英吉の姿などを通じて、小川未明の夭折した長男への思いを読みとめているのではなかろうか。特に『金魚売り』の中の、おじいさんから買ってきた弱い金魚を大事にして飼ってやる少年と、『薬売り』の中のおじさんから神薬をもらった少年のイメージは著者の亡くなった長男のと重ねて描かれていると思われる。他界での長男は『新しい町』の中の親しい少年労働者とやさしい社長の世話になったこと、『金の輪』の中の二つの輪をまわして走っていた少年と一緒に遊んだこと、『千羽鶴』に描かれているように、ただ美しい赤い花が一面に咲き乱れている広々とした野原を馬に乗って走ったことなど、それらの場面が常に小川未明の頭の中で浮かんでいたに違いなかろう。小川未明の童話は読めば読むほど、その子供たちの夭折がどれほど彼の童話創作に計り知れない影響を与えたのをつくづく感じさせる。そして、故郷の特別な自然環境と若い頃の子供との死別は小川未明の創作の主な源泉なのではないのかと考えられる。

小川未明の童話には、上記と同じように、さまざまな、生き生きとした若者、少年像を描き、異なるイメージの形成を通じて、心の中で忘れられない病死した長男の各段階の人間像を紡いでいるかもしれないと思う。深い印象を残す作品はまだまだたくさんあげられる。例えば、『希望』、『あらしの前の木と鳥の会話』、『荒野』、『海の少年』、『笑わなかった少年』、『正ちゃんとおかいこ』、『薬売りの少年』、『菊とその弟』、『汽船の中の父と子』、『僕は兄さんだ』、『僕が大きなるまで』、『僕たちは愛するけれど』、『父親と自転車』などである。

注3 『春』、底本の親本「未明童話集4」丸善1930年。
注4 『二少年の話』、底本「定本小川未明童話全集10」講談社1983年第6刷発行。
注5 『金魚売り』、初出「赤い鳥」1926年。
注6 『新しい町』、初出「童話」1925年。
注7 『いちじゅくの木』、底本「定本小川未明童話全集10」講談社1977年第1刷発行。
注8 『千羽鶴』初出:「教育の世紀 4巻7号」教育の世紀社1916年。
注9 『眠い町』、初出「日本少年」1914年。
注10 『あらしの前の木と鳥の会話』、底本「定本小川未明童話全集4」講談社1977年第1刷発行。
注11 『金銀小判』、初出「良友」1920年。
注12 『海の踊り』、初出「少女画報」1929年。

高鵬飛プロフィール
1956年9月中国黒竜江省生まれ。教授、2016年9月ハルビン理工大学を定年退職、現在重慶外語外事学院に勤めて、上越教育大学外国人研究者。

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