建物、空間、地域などの価値を向上、新潟県内でも広がりを見せるリノベーション最新事情
リノベーションという言葉を聞くと何を想像するだろうか。一般的にリノベーションは既存の建物に大規模な工事を行うことで、住まいの性能を新築の状態よりも向上させたり、価値を高めたりすることをいう。
だが、リノベーションという概念には一言では表せない奥深さがある。リノベーションは、その建物の価値を刷新するだけでなく、そのまちの活性化、価値向上にも役に立っている。新潟に住む3人の建築家の例を示しながら、リノベーションの概念・意義の多様さを見ていこう。
気づきを空間デザインに活かす
有限会社エス・オー・ディ(新発田市)代表取締役の高橋智志氏は、原点の椅子デザインへの情熱から始まり、都心で有名テナントビル改修デザイン設計などのキャリアを積み、1987年に帰郷して自らのデザイン事務所を立ち上げた。
高橋氏はリノベーションの依頼を受けた時は、打ち合わせの際に気づいたことを積極的に依頼主に伝えているそう。例えば、敬和学園大学の旧ピロティ空間を学生が集う場所にしたいという依頼の打ち合わせを校内の『オレンジホール』という食堂でしていた際、「オレンジホールなのに壁が白くてさびしいですね」とクライアントに投げかけた。そこから話を進めていく中で壁面の一部をオレンジ色に塗装する提案をし、活気のある空間に大変身させた。
依頼の本題の旧ピロティ空間は少し寒々しく、実際に他の空間に比べ気温も低い事が課題であった。そこで北欧の名作椅子を用いて視覚的にも暖かい雰囲気のインテリアデザインを施したり、床を10センチ上げて床暖房を設置し、その周りをオリジナルの木製ベンチで囲い、多くの学生が集えるようにした。かさ上げした床にはスロープを設け、バリアフリーにして誰もが利用しやすいようにした。
こうした提案と工夫により、旧ピロティ空間や食堂が学生の集う活気ある空間に生まれ変わった。新しい価値のある空間を作ることができるのは、高橋氏の独自の経験や、椅子から空間のデザインまでをトータルで提案できるからこそだ。
また高橋氏は他にも25年ほど前、古町にある古民家を改装したフレンチレストラン・バー『BAR町田』のリノベーションを手がけた。オーナーから「歴史あるこの建物の雰囲気を残しつつ、飲食店に改装したい」という依頼を受けた高橋氏は、元々芸者置屋であった古き良き昭和の建物の雰囲気を生かしながら、客席は靴を脱いで上がってリラックスして座れる椅子席とした。残せるものはそのまま利用しお洒落な大人がお酒とフレンチを楽しめる空間へと生まれ変わらせた。
高橋氏はリノベーションについて、「空間のもつ歴史や雰囲気などを生かす事ができること。一から作り上げるのとは違い、残す、活用するといった要素の強いリノベーションは、空間デザインにおける素材の宝庫である」と高橋氏は語る。
古民家再生による技術と伝統の継承
民家再生を今までに60軒以上手がけてきた、カールベンクスアンドアソシエイト有限会社(十日町市)取締役、ドイツ人建築デザイナーのカール・ベンクス氏は古民家再生に力を入れている。
代表的な事例は竹所集落の古民家再生である。昔は38軒の住居があった竹所集落は過疎化が進みカール氏が訪れたときには9軒だけになっていたが、この集落に建物9軒を再生した。これにより竹所集落には「田舎の温もりがある自宅で過ごしたい」と考える若い人が移住するようになった。
日本の古民家についてカール氏は「日本の建築を大変素晴らしく思っていて、地震に強く、非常に特殊な建築である。その非常に素晴らしい建築をこわしてしまってはもったいないと感じている」と話す。カール氏曰く、日本の古い建物はどれも作りが頑丈だが、特に新潟の古民家は積雪を経験しているため非常に作りがしっかりしているのだという。
しかし「古民家改修を進めるにあたり問題点がいくつかある」とカール氏は言う。カール氏の取り扱っている伝統的な古民家は、釘を使わない組み立て式(木組み)という技法を用いて建てられている為、建築時と逆の手順で解体することが可能だ。それ故、木組みに造詣の深い解体屋・建築家・大工が揃えば、古民家の移築を行う事ができる。
だが、日本の伝統建築を扱う事のできる職人達の高齢化と減少や、古民家の価値や移築ができる事を知らずに、古民家をただ壊してしまう人も少なくないという点などの課題が残っている。
「古民家は壊すことは簡単だが、丁寧にばらして移築することは非常に難しい。職人の技は特殊であり、古民家再生事業を続ければ職人さん達の仕事も創出できる。日本建築の伝統を守るため、これからも技術を守るために古民家再生を続けていく」とカール氏は語る。
建物やエリアの価値を再編する、最大化することがミッション
東海林建築設計事務所(新潟市)代表の東海林健氏は住宅・商業施設・病院・オフィスなど様々な建物の建設をしてきた建築家である。例えば柏崎市にある複合施設のハコニワや、宝石屋さんの外装、秋田にある飲食店の改装などが挙げられる。
ハコニワは元サッシ工場であった場所を商業複合施設にリノベーションした事例であり、当初は課題も多かった。実際に東海林氏は「現場を見るまでは、施設化は正直難しいと思っていた」と話す。
だが実際に東海林氏が工場跡地の視察に行った際、工場の中から水田を見渡す事ができ米山も見えた。その美しい風景を目にした東海林氏は、ハコニワのオーナーである飯塚政雄氏と共に『民間が作る公園』をコンセプトとしたハコニワプロジェクトが始まった。
「公園に小さなお店が集まって大きな屋根がついていれば北国には向いている」東海林氏は考え、空間をデザインし、地元の人々が営むお店を集め複合型施設『ハコニワ』は2020年10月にオープンした。東海林氏は「リノベーションで大事なことは今ある建物の価値の再編であり、調査や分析を通してその建物の価値をしっかり見つけることである」と語る。
更に、東海林氏が手がけた秋田県にあるレストランのリノベーションは、低コストで行って欲しいとの依頼であった。それ故、大規模な工事は不可能と判断した東海林氏は、店内の簡易な改修や、植林とライトアップ、看板の改修などに留め、店舗の雰囲気を居心地の良いものに変えつつ、近くを車で通る人々が「この場所はなんだろう」と興味を持ってもらえるような造りに仕上げた。
東海林氏はリノベーションの概念について「リノベーションの概念は、あるものの価値を最大化、再編して新しい価値を提供することだ。新築工事も同じだと考えており、その土地の持つ魅力を高めると言う点ではリノベーションと変わらない」と語る。
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この3者に共通することは、“建物や地域の価値を向上させる取り組みを行っていること”であるが、その手法はそれぞれ違う。
高橋氏は椅子から空間デザイン全体を考え、カール氏は古民家再生を通して文化と技術を継承している。東海林氏は建物やエリアの価値を再編する、最大化することである。それぞれの想いや確かな技術が、新潟においてのリノベーション事業の拡大に大きく寄与している。
近年ではサスティナビリティ(持続可能性)という言葉が注目を浴びているが、既存の価値を持続・向上させるという意味でもこれらのリノベーション事例は新潟におけるサスティナブルな活動と言えるかもしれない。