新潟日独協会が新潟市中央区に「新潟ドイツ領事館」記念碑を設置
20日に除幕式を開催
新潟日独協会(渡辺隆会長)は、新潟市中央区の新潟グランドホテル駐車場の一角に「新潟ドイツ領事館」の記念碑を設置し、20日除幕式を行った。除幕式には新潟県の花角英世知事、新潟市の中原八一市長、ドイツ大使館のクラウス・フィーツェ首席公使などが出席した。
新潟港は、江戸時代から北前船をはじめ大小の帆船が往来する賑わいの地だった。その後、開港5港となり、外国に開かれ、欧米の四カ国(イギリス、ドイツ、オランダ、アメリカ)が新潟に領事館を置いたという。その中でも、イギリスに次ぐ2番目の外国公館として1869年(明治2)9月に開設された新潟ドイツ領事館は1882年(明治15)までの約13年と他国に比べても長い足跡を残した。
そして閉鎖に至るまで、短期の代理者への委任を除き、ライスナーという1人の領事が継続的に駐在した。ライスナーの本業は交易商人で、当時一般的だった居留民のなかからリーダー格の人物が政府から名誉職として領事に選ばれる形で領事になった。このため新潟港を舞台に自ら交易活動を営む一方で、ドイツ政府と居留民を代表して新潟県庁や新潟税関との折衝に臨んだという。
一方、記念碑は、本体の材料に新潟県産の御影石を使用。今では採掘されなくなった阿賀野市(旧安田町)から産出した原石(草水石)を株式会社石六石材店(新潟市)が加工した。高さは2・3メートル。台座石も同じ石から切り出したという。
また夜間でも見えるように照明を設置したほか、多くの人に親しんでもらえるよう植栽も施した。照明工事は第一電設工業株式会社(新潟市)、植栽工事はグリーン産業株式会社(新潟市)が行った。記念碑を除く全体のランドスケープデザイン(景観・公共空間などのデザイン)は、新潟市出身で東京とロンドンを拠点に活動しているランドスケープデザイナーの関晴子氏(STUDIO LASSO主宰)が手がけた。