「持続可能性」から労働環境と地場産業を改革する株式会社エムテートリマツ(新潟県燕市)
近年急速に耳にすることの増えた言葉といえば「SDGs」だろう。「SDGs」または「持続可能性」というと、環境配慮や貧困・格差など、全世界的で政治的な社会課題がクローズアップされることが多く難解に思われがちだが、例えば「ターゲット8 働きがいも経済成長も」のように、労働環境という身近な問題へ関わる項目も存在する。
厨房用具などを取り扱う株式会社エムテートリマツ(新潟県燕市)では、SDGs策定以前から労働環境や健康経営に取り組み、日本健康会議が認定する「健康経営優良法人」や県のハッピーパートナーなどに認定されてきた。現在はその考え方をSDGsに合流させ、環境配慮などほかの取り組みとともに地域へ波及させることに挑戦している。
この挑戦の目的についてエムテートリマツの鳥部一誠代表取締役社長は「燕三条の持続可能性の実現のためだ」と語る。労働環境改善やSDGsの取り組みが、どのように地場産業の活性化へ繋がるのだろうか? 今回は、ものづくりの町の未来を考えつづける同社に話を聞いた。
目次
◎持続可能性の危うい燕の地場産業
◎社員の健康と会社の経営
◎社内の改革から地域の活性化へ
持続可能性の危うい燕の地場産業
エムテートリマツは昨2020年から、地元の関係企業と共に「エムテートリマツが考える16のゴール」や「SDGs調達事業チーム」といった独自のSDGs活動を進めている。
後者は、SDGsの取り組みの基準を充した燕の会社・工場が連携することで、外部企業から積極的に新たな案件を受注していくことを目指すものだ。大企業がサプライチェーンへも社会貢献や環境配慮を求めるようになっている現代においては、持続可能性への志向を打ち出すことは大きな強みになる。またSDGsという物語性は、前述のような外部企業の案件の獲得のほかにも、商品の付加価値向上と適正価格での仕事へも繋がっていく。
こうした地元の活性化について考えるようになったきっかけについて鳥部社長は「燕の産業は持続可能ではなくなっている」ことがあると語る。
燕三条の工場では長年、後継者不足による廃業が深刻な問題となっており、プレスや研磨など専門的な工場が分業体制をとる同地域においては、1社の廃業が製品の製造過程に大きな打撃を及ぼす。特に、地元との繋がりの深いファブレスメーカーであるエムテートリマツにとってこの影響は大きい。
「昔は『燕で磨き屋をやれば3年で家が建つ』などと言われたが、物価が大きく変わった今でも、この地域の一部では昭和の価格で仕事が発注されている。『キツくて稼げない』ような環境では、だれも働きたいと思わない」(鳥部社長)
社員の健康と会社の経営
日本全国でワーク・ライフ・バランスや働き方改革が叫ばれるなか、社員が継続的に働き、かつ十分なパフォーマンスを発揮できる環境を用意する「健康経営」に頭を悩ませる経営者は多い。
従業員にとっては当然として、会社側の視点から見ても、育ててきた社員が心身の不調によってリタイアすることは望ましくない。また今後は、少子化が進む中で雇用の競争に拍車がかかり、「いかに長く働けるか」はより重要になっていく。まさに社員の人生と会社にとっては「持続可能性」の問題だ。
鳥部社長も会社経営の中で、貴重な人員がリタイアしてしまう様子を見てきたと話す。「特に、真面目な人ほどプレッシャーを感じて精神を病んでしまう、と感じている。また、病気で会社をリタイアする人も出たが、事務職などは座り仕事だし、職場環境に問題があるのではないか? そう考えて健康チェックやストレスチェックには気をかけるようになった」(鳥部社長)。
健康経営へ本格的に取り組みを開始したのは10年ほど前。社内に血圧計をはじめとした健康器具を設置するところから、健康診断の優良者への金一封を授与するような従業員が意欲を保ちやすい仕組みづくりまで、少しづつ取り組みを重ねてきた。
さらにコロナ禍以降は、残業時間も大幅に短縮。現在では、ほぼすべての社員が定時に帰宅するようになったという。
また、少しでも健康への関心を引くため、鳥部社長は昨年末頃に「社員へ万歩計を持たせ、目標の歩数に達したら賞品を与える」という企画も考えていたが、そこで提案があったのが、2020年にサントリーが提供を開始した健康アプリ「サントリープラス」と、それに連携する自動販売機だった。
この自動販売機は、専用アプリで「積極的に階段を使う」などのタスクをクリアしていくことで、ドリンクを無料で獲得できるサービスを追加したもので、社員の健康促進のため県内でも少しづつ導入が始まっている。
労働環境の改善は就労時間の調整や有給の取得のしやすさなどで改善可能な一方、健康増進の取り組みは、基本的に社員の裁量に任せる部分が大きい。こうした、社員が自発的に動くことを考える点もユニークだ。
社内の改革から地域の活性化へ
前述のように、SDGsの目標の中には雇用に関する項目が含まれ、中小企業版としてエムテートリマツが再構築した「エムテートリマツが考える16のゴール」にも様々な項目で「ターゲット8」が反映されている。若者が働きたいと思える会社の魅力づくり、そして社員が長く働ける環境づくりも、地域産業を活性化させるに不可欠な要素だ。
「時代や若い人へ迎合しすぎるつもりはないけどね」と鳥部社長は笑うが、同時に「今の時代、むしろ“ブラック企業”ではやっていけない」とも語る。
人口分布や生活水準、産業構造の変化に伴い、全世界的に労働への価値観は変化している。県内でも株式会社サカタ製作所(新潟県長岡市)や株式会社諏訪田製作所(新潟県三条市)など、労働環境の改革に積極的な企業が近年注目を浴びている。
エムテートリマツもその先陣を走る企業の1社だ。特に、他企業を巻き込んで地場産業に変化を促そうとしている点は非常に特徴的だった。
「モノを売るという立場にいる我々は、『燕を売る』というコンセプトで臨んでいる。そのためには、持続可能な地場産業は肝心だ」鳥部社長は、地域と社員へかける想いをそう総括した。
【関連リンク】
株式会社エムテートリマツ webサイト
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(文・鈴木琢真)