【書評】衰退著しかった村上が、「町屋」で全国から年間30万人を集めるに至った非常識な町おこし術
『まちづくりの非常識な教科書』 吉川美貴<著>
「20件の町屋の内部公開」から「人形さま巡り」に続き、さらに「屏風祭り」「春の庭 百景巡り」と続いていく。さらには新潟県全体を巻き込んだ「にいがた庭園街道」を実施。これは、村上でわずか35万円の手元資金から始まった、まちおこしプロジェクトの流れである。
今では城下町の歴史的建築物である町家で名高い村上も、衰退著しかった約20年前、「町家を壊そう」と計画されたことがあった。しかしこの計画をきっかけに町おこしがはじまり、数年で村上は、年間30万人が訪れる町に変貌した。
わずか35万円の手元資金というからには、当然ながら行政や地元経済界が音頭を取って始めた町おこしではない。コンサルもいないし、行政からの補助金も全くない。村上出身の夫と、結婚を機に村上に住んだ夫人のコンビが先頭に立ち、「市民の力」だけを巻き込んで、町おこしはスタートする。町家は壊されずにすんだ。それどころか今では、町家の人形さま巡りの開催期間中、莫大な費用がかかるSLの臨時列車が、村上まで人を運んでくれる。
「どのようにして?」という疑問が湧くだろう。それに答えたのが本書だ。著したのは、夫人の吉川美貴氏。夫婦で村上の名産・鮭の商いを行っていたが、当地で影響力がある人物であったわけではない。「市民の力」による町おこしといっても、人は十人十色。近くに住んでいるとはいえ、性格も職業も違えば、利害関係も異なる市民同士が集まり一体となってプロジェクトを進めるためには、何が必要なのか?
それは一軒一軒、「町を元気にしたいのです」とお願いして回ることから始まる。しかしそれだけであれば当然、本書の出番はない。どんなことでも新しいことをはじめるとき、未知の出来事を前に「逃げ」や「甘え」といった、自分自身に立ちはだかる「心の壁」がある。さらには四面楚歌のような状況から、組織をまとめ支持を取り付けるという「内の壁」。さらに新しいアイデアを実行し、成功させるための「外の壁」。これら3つの壁を破るためには、10ある非常識なやり方が必要とされる。
一つだけ紹介すると、「みんなで頑張ろう」としない。アイデアがその実現に向けて爆発的な力を持つ瞬間は、会議で合意した時ではなく、自発的に協力してくれる仲間が加わった瞬間なのだ。むしろ会議は、してはいけない。
「うちの地元も寂しくなったな」と思っている人にとって、本書は大きな気付きを与えてくれるはずだ。寂しくなった原因は、地元の皆が自分の町の魅力・財産を忘れているか、忘れていなくても、復活のために何をしたらいいかがわからないだけだと気づかされるだろう。村上の町屋も、何もしなければただの古い住宅だったのである。
※biz Link2019年11月10日号より転載