積極的な海外展開とオープンファクトリーに挑む鎚起銅器の老舗、株式会社玉川堂(新潟県燕市)

燕の伝統工芸「鎚起銅器」の茶器

 

流通改革に始まった玉川基行氏の玉川堂

新潟県燕市で伝統工芸「鎚起銅器」の商品を作り続ける老舗、株式会社玉川堂は現在、積極的な海外展開やオープンファクトリーに力を入れている。

玉川堂のある燕の銅製品づくりは、1700年代、弥彦山の間瀬銅山が開かれ、燕一帯で盛んだった和釘作りの技術を応用した銅細工製作を村上藩が奨励したことに始まる。一枚の銅から様々なものを作る鎚起の技術は、「藤七」という仙台から来た渡りの職人により伝えられたという。藤七から始まった鎚起銅器の技術はやがて玉川覚兵衛へ受け継がれ、1816年、彼が初代となり玉川堂が創業した。

玉川堂 外観

明治に入ると、政府は外貨獲得のため地場産業製品の輸出や海外博覧会への出品を推奨する。玉川堂の製品はこの時、美術工芸品的な要素が加えられていった。しかし、戦争の時代へ突入すると、職人たちは軍需品の製作に駆り出される。また、銅の確保も難しく、この頃の玉川堂はアルミ製の商品も生産していたという。戦後、5代目玉川覚平により各地に散らばった職人は再集結し、玉川堂は復興していく。

代表取締役7代目の玉川基行氏が入社した1995年当時の玉川堂は、売上がそれ以前の約3分の1になるという危機に立たされていた。高度経済成長期やバブル期の玉川堂の売上の8割は、企業の記念品や、退職時の贈呈品などのギフト品が占めていたが、バブル崩壊と共にこうした需要が減少したためである。

そこで玉川氏はまず流通の仕組みに手を加えた。従来、地場産品は問屋を通して百貨店などに売りに出される。しかし、玉川氏はその仕組みを変革し、直接百貨店へ出品し、さらに製作実演をしながら販売することで、鎚起銅器を顧客へ直接アピールしたのである。

玉川氏は当時を「問屋を切り捨てて直接売るというのは、地元の商売道徳には反しているもだった。しかし、この売り方ではお客様の声が聞こえなくて、何を作ればいいのか分からなかったし、流通が絡むほどに価格も上がっていってしまう。技術が一流であっても、経営の部分が疎かになっていた」と振り返る。

株式会社玉川堂代表取締役7代目、玉川基行氏

こうして顧客の声をフィードバックして作られた製品には、例えば、現在は人気商品となっている「ぐい呑み」や「ビールカップ」などの酒器が挙げられる。また従来はギフト用であったため見た目を重視していたが、使い手のことを考えて機能性も重視するように改良していき、「見た目と利便性の両面で優れた商品」として鎚起銅器はブランド価値を高めていく。顧客とのつながりを重視した経営は、2014年に東京青山へ、2017年に銀座への直営店出店という形で進化をつづけている。(玉川堂銀座直営店webサイト

鎚起銅器のぐい呑

 

工場見学の目的は、顧客が納得する商品を提供すること

玉川堂では近年、ものづくりの現場を公開する「オープンファクトリー」に力を入れている。その理由について、玉川氏はこう語る。「燕三条の製品は、他地域の地場産品や世界中の製品と差別化をするために、高付加価値の製品を作り出していかないといけない、と考えている。しかし、百貨店にそうした製品が置かれているだけでは、買い手は『高いな』と思うだけで終わってしまう可能性がある。そこで職人たちが実際に働いている現場を見せることで、顧客を納得させなければいけない。現場を見てもらうと、『これだけ手間がかかっているならむしろ安いくらいだ』と言う人もいる」。

また、こうした鎚起銅器技術は職人自身が説明することが望ましいという。実際の作り手が語るからこそ顧客の心に響き、購入を決意して愛用し続けてもらえる。流通改革から始まる玉川堂の売り方は、作り手と買い手が互いに強く結びつくことに重点を置いていると言えるだろう。

玉川堂の鎚起銅器製作の様子

玉川堂は明治以降、政府の奨励により海外への展開を行ってきており、その技術は当時から国内外で高い評価を得ている。そして現在も、玉川堂製品は海外での人気が高い。玉川氏によると、近年は特に中国や東南アジアからの観光客の存在が大きくなっているという。アジア諸国にはお茶の文化が深く根付いており、日本では主流ではないが、企業訪問の際、社長が自らお茶を振舞う風習がある。そうしたアジアの富裕層の間では、見た目と機能に優れた日本製の高価な鎚起銅器が一種のステータスになりつつある。

しかし一方で、鎚起銅器を買うのは一部の富裕層だけではない。海外からの人気は高いが、顧客の多くは日本人で、若年層にも顧客が多い。玉川氏によると、コーヒーやお酒を趣味として、生活道具にもこだわりを持つ男性の顧客が増えている印象があるという。鎚起銅器のコーヒーポッドや酒器は高価な商品ではあるものの、どう作られるのか、どれほど優れているのか、を顧客の近くでしっかりプロモーションすることでそうしたマニアも納得して購入するのだ。

 

燕三条を国際産業観光都市へ

産業観光と、商品への付加価値を高めるという目的が結びついた「オープンファクトリー」の動きは、燕三条地域で徐々に広がりつつある。新型コロナウイルスの影響で今年度の開催はオンライン配信となったが、「燕三条 工場の祭典」は今年で第8回を数えるイベントだ(関連記事「燕三条 工場の祭典実行委員会が今秋1か月間、燕三条のものづくりの様子などを日々オンライン配信」2020年9月1日)。

玉川氏が構想する観光都市化は、燕三条に留まらない。「伝統工芸品の産地数は京都が17産地でトップだが、新潟は16産地で第2位。プラスして、酒蔵や錦鯉などの地場産業もある。そうした様々な産業と産業を結びつける動きというのもこれから本格的にしていきたい」(玉川氏)。魚沼や湯沢などの地域では、雪を観光資源として活用するプロジェクト「雪国観光圏」が展開されているが、そこで配布される冊子に燕三条が紹介されている。このような他地域・他業種間での協力が広がっているようだ。

玉川堂 外観

 

職人たちにも新たな流れ

玉川堂に入社する職人たちも、ここ数年で変化している。10年ほど前までは入社希望者は少なく、数年に一人程度採用していた。しかし現在は、求人サイトなどへの掲載はしていないにも関わらず、毎年30から40人の応募が舞い込んでいる。またその内訳は美術系の大学を出る新卒や30歳までの若者が大半で、大半は県外から玉川堂のwebサイトを見てやってくるという。さらに、近年は女性の入社希望者が多く、在籍する職人のうち三分の一が女性になりつつある。

入社希望者が増加している一方で、玉川堂は職人への教育にも力を入れている。毎週水曜日には若手の職人を対象に英会話の勉強会が行われているが、これは、外国人観光客への接客を考えてのものである。また、モノを観察する目を養うためのデッサン教室や、作品を入れる箱に筆で製作者の名前を記すための書道教室も定期的に開催している。

中でも特徴的なのは、定時後には職人各々が作りたい作品を作る時間が与えられていることである。この時間は職人が工房の道具を自由に使うことが可能で、特に実験的な作品の製作や、その職人にとってまだ難しい技術へ挑戦する機会となっている。玉川氏はこの時間のことを「職人がアーティストになる時間」と呼んだ。この時間に製作された作品は、職人たちが個人で作品展へ出店するなどして副収入を得ることもあるようだ。

若手職人が設計したコーヒーポットとドリッパー

職人の年代の新陳代謝と多様性、そして技術と発想力を促進する教育は、新たな商品の開発へも繋がっていく。人気の高い商品、鎚起銅器のコーヒーポットやコーヒードリッパーは、コーヒー通の若手職人の手により設計された。

 

アフターコロナへの展望

前述のように、オープンファクトリーによる工場の観光化を考える玉川代表だが、新型コロナウイルス感染拡大により、考え方が変化した部分もあったという。例えば、観光のあり方について。従来の観光業は、大勢の人間が一箇所に集まることで成り立っている。しかしこの在り方は、人々の衛生観念が変化したウィズコロナ、アフターコロナの時代にはそぐわない。新型コロナ以前より「オーバー・ツーリズム」などと呼ばれ、観光地のインフラへ負担がかかったり、観光客による迷惑行動が発生するなどの現象が問題視されていたことも相まって、玉川氏は「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)を進めていきたい」と話す。多数の人間が消費するように観光するのではなく、鎚起銅器や燕三条の知識と関心を確かに持つ人との関係を重視し、商品の購入においても、長く使ってもらえるためのサポートへ重点を置いていくという。

また、玉川氏は新型コロナウイルスによりその存在感を増しているECサイトについても言及している。「今年の新型コロナウイルスの状況を見て弊社でもECサイトを開設したが(玉川堂公式オンラインショップ)、ポチッとボタン一つで買えるようなサイトにはしようと思っていない。本当は、工場の様子や職人がどれだけ時間をかけているのか見てもらってから買ってほしいので、VRなどを用いた工場の疑似体験をするというアイデアも出ている。コロナ前でも、特に海外の方は新潟まで観光に来たくても来れない人が多くいたと思う。デジタルは、そうした方々が玉川堂と燕三条を知る入り口の一つになってほしい」。

玉川堂 公式オンラインショップ

大量生産と大量消費。商品と情報が大量に発信され、瞬く速さで消費される20世紀から現代に繋がる流れに、玉川氏は新たな価値観を投げかける。使い手と作り手が相互に理解し、産業について深く思考し、確かな一品を作り上げる──伝統工芸という世界から、次の時代の価値観がどのように広がっていくのか、注目していきたい。(文:鈴木琢真)

 

【関連リンク】
玉川堂 公式webサイト
https://www.gyokusendo.com/

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