特集「地方同人誌の今」(下) 芥川賞候補作も出た新潟県柏崎市のハイレベルな同人誌「北方文学(ほっぽうぶんがく)」
前回:特集「地方同人誌の今」(上)戦後直後の疎開文化が発祥の来年創刊60周年迎える「文芸たかだ」(新潟県上越市)
1961年創刊で61年の歴史を誇る新潟県柏崎市の「北方文学(ほっぽうぶんがく)」。その柴野毅実(たけみ)編集長は、約25年前に前編集長から「北方文学」の編集を引き継いだ。柴野編集長は、新潟県柏崎市のローカル紙「越後タイムス」の代表でもあった人だ。早稲田大学仏文科卒で、文芸のみならず、ジャーナリズムにも精通している。
「北方文学」は年2回発行だが、1冊が約350ページと分厚い。文芸評論、小説、詩など内容も充実しており、地方同人誌としてはクオリティーが高いと言えるだろう。
「うちは評論が多いのが特徴。みんな自分の書くべきテーマを持っているので、必然的に原稿が長くなる。私の評論も原稿用紙100枚です」と柴野編集長。作家論にとどまらず、建築論、美術史論と書き手が揃っている。新潟市中央区の北書店でも販売しているが、「難しいのか、ほとんど売れない」と苦笑い。
ところで、「北方文学」からは芥川賞候補作が2回出たことがある。1つは証券会社のサラリーマンが書いたものだ。現在は違うが、芥川賞は以前は全国の同人誌までを含めて候補作を選んでいた時期があったのだ。「故中上健次が『岬』で芥川賞をとったのが、最後の同人誌からの受賞ではないか。いつのまにか、芥川賞も商業主義になってしまった」と柴野編集長は残念がる。
一方で、同人には教員などが多いが、現役のプロ作家も表現の場を求めて、「北方文学」で執筆している。板坂剛さんもその1人だ。板坂さんはプロの作家で、営業的にプロレスの本を出したり、反原発の雑誌に寄稿したりしているが、本来は小説を書きたいという。柴野編集長は、「今はプロの作家でも大手の文芸誌に書くのは難しい。発表の場を求めて、地方の同人誌で書くというケースも増えている」と話す。
書き手の同人だが、「北方文学」は会員制ではなく、「選抜制」となっている。編集長を中心に原稿をチェックし、ある一定レベルに達していなければ入会できない仕組みだ。
「現在同人は約20人だが、全員入られるわけではない。3人に1人くらいしか入れない」と語る。理由は同人誌のレベルを保つためだ。実際、同人の1人、柳沢さうびさん(女性)の原稿が「季刊文科」(鳥影社刊)という商業雑誌に転載された。柳沢さんは「北方文学」関係者の中でも、最も大手文芸誌の新人賞の受賞が期待される人だ。「北方文学」はこのように大々的に同人の募集はしていないが、口コミでレベルの高い書き手が全国から集まってくるという。
また、柴野編集長はこのほど同人誌の全国組織、全国同人雑誌協会の理事に就任した。先日も名古屋市で開かれた会議に出席してきたという。会員の高齢化や書き手不足など共通の課題を話し合ってきたというが、「うちは40代の書き手もいる。まだましだな」と柴野編集長。
「紙は残ると思う。パラパラとページをめくる感覚がいい。第一、ネットだと長文は読みにくい。また、本だとあのページの右側に書いてあったなどと覚えている」と本の効用を語る。
ネット上には、「小説家になろう」などの作家志望者の投稿サイトが数多くあり、若年層がネットに流れていることは事実としてあるだろうが、電子書籍が今一つ伸び悩んでいるのは字の読みにくさもあるのだろう。個人的にも本の活字文化は残ってほしいと思う。
(文・撮影 梅川康輝)