「社員が最高のパフォーマンスを発揮できる」職場環境づくりを思考する諏訪田製作所(新潟県三条市)

株式会社諏訪田製作所 新工場外観

新潟県三条市の株式会社諏訪田製作所は9月2日の新工場のオープンとともに「SUWADA ショクドウ restaurant CUIQUIRIT(クイキリ)」を開店した。実際の社員と同じ定食を食べることができる「社員食堂」は、会社見学者や観光客に人気の設備で、県内では八海山醸造株式会社なども取り入れている。しかし、こうした社員食堂設置の真意は単なる集客目的ではない。食を充実させることで、社員の幸福度や生産性を向上させることにあるのだ。

今回は、三条から国境を超え世界へ高品質爪切りを送り出す諏訪田製作所の小林知行代表取締役に、上記の社員食堂を始め、ABWなどの「社員が最高のパフォーマンスを発揮できる」職場環境づくりについて話を聞いた。

 

目次

・社員の幸福度を上昇させる社員食堂
・会社の様々な面の改革を進める小林知行代表取締役
・フリーアドレスからABWへ
・職人の働き方
・経営者ができること

 

社員の幸福度を上昇させる社員食堂

「SUWADA ショクドウ restaurant CUIQUIRIT(クイキリ)」

社員食堂「CUIQUIRIT」は諏訪田製作所新工場の一階の入って右手側、先んじてオープンしていたカフェ「Smiths’(スミス)」に並び、50から60人が利用できる広々とした空間で営業している。食事は、日替わりのランチメニューとパスタメニュー2種に加え、単品やドリンクメニューが充実しており、これらの料理は専任のシェフが考案し提供しているというこだわり様だ。

本来は社員のための設備のため、一般開放は昼休みが終了する12時30分から。座席も、来客で社員の分が失われないように社員専用スペースが別に確保されている。また社員専用の特典として昼食後のエスプレッソが無料で、さらに、週に1度カフェの名物であるソフトクリームも無料提供されるという。

まさに「至れり尽せり」とも言える環境に、諏訪田製作所の鈴木晃子店長は「メニューは日替わりなので飽きませんし、職人さんたちは昼食で満足できるからこそ『午後も頑張るぞ』と気力が湧くそうです」と話した。

取材時の「日替わりランチ」 ビーフカレー

 

会社の様々な面の改革を進める小林知行代表取締役

諏訪田製作所は、現代表の小林知行代表取締役で3代目を数える老舗の喰切鍛治。「喰切」とは、釘などの鉄材を切るために用いられる工具で、この技術が戦後から高品質の爪切りへと受け継がれていった。

小林代表は東京の大学を卒業後、一度地元三条の商社で働いたのちに実家であった諏訪田製作所へ入社。そして代表取締役に就任後、経営の改革や新規顧客の獲得などで手腕を発揮し、同社の売り上げを大幅に改善することに成功した。改革は経営の面に止まらない。後述するフリーアドレスの試みを2008年に、現在燕三条に広がるオープンファクトリーを2011年にすでに開始している。

 

フリーアドレスからABWへ

諏訪田製作所 オフィス

諏訪田製作所の社員は現在、専用の機器が必要となる職人以外はフリーアドレス制をさらにもう一歩進めた働き方「ABW」(Activity Based Working、「時間」と「場所」を自由に選択できる働き方のこと)を取り入れている。社内には前述の食堂スペースをはじめ、一人用の個室から会議室大の部屋まで、様々なワーキングスペースが用意されており、社員は好きなように利用できる。

小林代表はこうしたABWという働き方を「創造性を発揮する最大限のやり方」と話す。「職人が家でなく工場で作業をするのは、工場が最も効率的に作業ができる場だから。同じように、営業社員や事務担当者も自分が最も効率的に働ける場所をつくらなくてはいけない。集中して文章を書きたければ自分の机を使えばいいが、新しい企画を発想したい時にはいつもの部屋ではなくて外へ出ても良い」(小林代表)。実際に取材時には、オフィスで作業をする社員がいる一方で、利用者の居なくなった夕刻の食堂スペースで会議を行う社員たちも見受けられた。

諏訪田製作所のショップエリアの奥やテラスには社員が利用可能な空間が設けられている

広い社員食堂は会議室のように用いることも可能である

諏訪田製作所がABWの前段階であるフリーアドレス制を取り入れ始めたのは2008年。一見自由な働き方に思えるABWやフリーアドレス制だが、導入当初はほとんど社員に普及しなかったと小林代表は振り返る。社員本人の移動は自由だが、資料を持ち歩く必要性や他社員との連絡がしづらい状況が生まれるのである。自由な働き方にはWi-Fiやテレビ電話などの設備が不可欠であった。

今年秋に行われた新工場への移転をする前後を比べると、営業社員数は増加したものの、社員の机の数は増やしていないという。つまり、それだけABWが社員に普及し、オフィスでの滞在が短くなり始めているのだ。また、小林代表は「新型コロナウイルスによる環境の変化も大きかった。弊社だけでなく多くの人間が、会社に居なくていいということに気がついたと思う。私たちが数年かかって少しづつ普及させてきた働き方が、今年になって一気に進むことになった」と今年起こった環境の変化についても語る。

諏訪田製作所ではABWをさらに進めるため、現在会社の裏山へ続く遊歩道、山を通る散策路や広場が整備され、Wi-Fiの電波を届けるための設備も設置するという。ABWの試みは、社内どこでも、あるいは家からテレワーク、という形を超えて「自然の中で」を提案している。

 

職人の働き方

移動の自由度が少ない職人には、「パフォーマンスを十分に発揮してもらうためにもなるべく良い環境を提供しなければいけない」と小林代表は話す

職場環境の取り組みとしては、ものづくりの要である職人への配慮も欠かせない。職人の仕事によって、例えば検品作業をする人へ対しては、身体への負担が少ない椅子を用意し、座り作業をアシストしている。「椅子1台20万円。それを数人分用意したとしても、職人たちの作業効率が上がって、身体を壊して休んでしまう社員を減らすことができれば十分に投資する価値がある」と小林代表は職人と現場環境の重要性を話す。

また諏訪田製作所は2011年、当時は世界的にも珍しかったオープンファクトリーの試みをいち早く始めたことでも知られ、現在の燕三条で広がる開かれた工場の在り方の先駆にもなっている。2013年から始まり、今年で8回目の開催(新型コロナウイルスの影響で今年はオンラインでの配信)となった「工場の祭典」も、立ち上がりの時期から諏訪田製作所は携わった。

最初期から現在まで、オープンファクトリーの基本的理念、駐車場から工場への動線など、あらゆる面で諏訪田製作所は地域のモデルとなってきた。しかし一方で、各工場のやり方には決して口出ししてこなかったと小林代表は話す。作り出す製品も働き方のスタイルも様々な燕三条だが、見せ方が画一的になってしまったら「面白くない」ことが理由だ。

 

経営者ができること

ショップエリア奥のワーキングスペース。個室や会議室、あるいは屋外という豊富な「選択肢」が用意され、それが社員の発想力や効率性につながるという

小林代表は社員と経営者の関係についてこのように語った。「仕事への熱意や学びと言ったものは、結局は従業員個人の資質や考えに依存するもので、経営者はただ『頑張れ』と声をかけることしかできない。経営者が確実にできることは、環境を良くしてあげること。働きにくいのであれば職場を改善するし、悩みがあるならヒアリングする。そして経営者が切ることのできるカードの一つは給料を上げることだが、高収入だけが取り柄の企業なら県内にもいくらでもある。重要なことは、離れたくない環境と、働きがいの提供」。

小林代表がこれほど人の環境を考えるようになった源流には「中高生の頃に歴史の授業に出てきたロバート・オーウェンの存在がある」という。オーウェンは産業革命下のイギリスで活躍した実業家であり、社会主義の先駆者としても知られる。貧困や労働を、人間が生きる環境から変革していこうとした彼の思考は、幼稚園や組合運動など様々な面で現代社会の根底に流れ続けている。「今よりもずっと労働環境が過酷で人権意識も低かった時代に、労働者の環境改善や児童の教育を考えたオーウェンの存在がずっと印象に残っている。彼に比べたら自分の取り組みはまだまだ小さい」(小林代表)。

工場のロビーに佇むペトロ(右)とアンドレ(左)。中心部には諏訪田製作所の爪切りが埋め込まれている

昭和に始まった諏訪田製作所という企業は、平成に大きな改革を迎えた。そして小林代表は「令和の時代は『心を大切にする時代』になる」と説く。「今の時代、経営者はみんな社員の働き方の改善を考えていると思う。社員が何かストレスを抱えているのであれば、経営者としては解決してあげたい。これまでよく『お客様は神様』と言われてきたが、従業員も頑張っていることも忘れてはいけない」。

今回新たに始めた社員食堂の試みについても「ものづくりの仕事が好きだとしても、毎朝『あの課題を終わらせなきゃ』と思いながら出社するよりも、『今日の昼食は何だろうな』と思いながら出社する方が絶対に良いと思う」と小林代表は話す。社員を単なる労働力ではなく、人格ある個人として見つめる思いが、社員食堂に反映されているのだ。

最後に、これから職場という空間はどう変化していくかを聞いた。「ものづくりやサービスの現場は無くならない。しかし、オフィスというものは今後も変化していくと思う。通信技術が発達していった結果、レンタルオフィルという産業は減っていくかもしれない。弊社は工場の新設という節目があって、こうして『先進的オフィス』という題材で取り上げられたが、5年後10年後にこの記事を読んだ時はもう時代遅れになっているかもしれない」そう言って笑う小林代表だったが、その言葉は同時に「次」への展開を思考していた。(文:鈴木琢真)

【地図 諏訪田製作所】

 

【関連リンク】
諏訪田製作所 webサイト

 

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