新潟で楽器と共に「物語」と「体験」を提供する楽器店あぽろん株式会社(新潟市中央区)
新潟で楽器店を展開するあぽろん株式会社──新潟県下でバンド音楽に触れた経験のある人であれば、おそらく一度は耳にした名前だ。「地元の楽器屋」「音楽教室に通っていた」という人も多いかもしれないが、様々なバックボーンを持つ国内外の珍しい楽器を取り揃え、著名ミュージシャンも楽器を購入するため新潟まで赴くなど、実は全国的にプロ・アマを問わず楽器愛好家にも有名な企業である。
そして近年、「音楽のある豊かな暮らしを提案し、それを支援し続ける」という経営理念を更に見つめ直し、日本の小売店では初となる精密ギタースキャン・調整機「PLEK」を店内に設置するなど「顧客と永く付き合う」経営をさらに進めるあぽろんを取材した。
目次
・店先を彩る直輸入楽器
・物販から「体験」を重視した経営へ
・店内と楽器の回転率を「遅く」
・常にチャレンジしていく楽器店
店先を彩る直輸入楽器
「ちょっと面白い楽器店」という標語を掲げている通り、あぽろん店内には個性的な楽器が並ぶ。例えば、オイル缶を材料にした南アフリカ出身ギター「BOHEMIAN GUITARS」。ネックが通常の半分ほどの長さしかないヘッドレスベース「Wing Bass Classic」など、ほかの楽器店では目にしないような楽器が軒先の最も目立つ場所にひしめいている。
こうした取り揃えは、「ちょっと面白い楽器店」を掲げた1980年代から続くあぽろんならではの特徴であり、従業員が海外への買い付けに同行したりするなどして蓄えた、知識と経験による目利きで独自に仕入れている輸入品である。
こうしてあぽろんの店先を彩る直輸入楽器には、それぞれにバックボーンがある。例えば先に紹介した「BOHEMIAN GUITARS」は、強烈な見た目とサウンドの背景に南アフリカ・ヨハネスブルグで既製品のギターを購入できない地元民が廃品や木材を使用して製作された、という起源を持つ。また、通常の楽器よりも木材の使用が少ない点や、注文分植林もするという環境配慮の面でも特徴的だ。
他にも、東南ヨーロッパ・セルビアのギター職人ゾラン・パンティッチが手仕事で作り出すギター「Pantic and Son Guiters」は 、現地の民族性を取り込み木工芸術の域に踏み込む一本である。あぽろん独自の取扱い商品には、こうした「日本に知られていない楽器」の紹介や、文化への投資の意味合いも含まれている。
あぽろんの本間洋一代表取締役社長は、こうした独自に取り寄せた楽器の販売が好調であることについて「アーティストが持つ美意識への問いかけや、楽器が持つバックボーンへ参加することができるという点が購買意識を引き出している」と話す。アーティストにとって楽器は、単なる道具ではない。コストパフォーマンスや利便性を超えた自己表現のための存在なのであり、そこには持ち主の思想や生き方が反映される。あぽろんは楽器のバックボーンを全面に打ち出すことにより、アーティストに「刺さる」一品を提案しているのだ。
こうした、海外の逸品を探し出し少量で買い付ける、という手法は大手企業には困難なビジネスモデルであり、東京の大手小売店へ新潟から卸すこともあるという。そのため、こだわりの強い著名アーティストも多く魅了している。インターネット内の評判や、アーティスト内の口コミで「あぽろん」の名前は高まっており、新型コロナウイルスが拡大する以前は、ツアーなどで来県する著名アーティストや、近隣ライブハウスで演奏したバンドが立ち寄ることも多かったという。
物販から「体験」を重視した経営へ
2017年に社長に就任した本間社長は現在の加茂市の生まれ。高校生の頃からバンド活動を始め、大学でも活動を続ける中で、同じく加茂出身の笠原大仙前社長(現・代表取締役会長)に出会った。その後は従業員としてあぽろんへ入社。社長就任以前から経営を学び、就任後は、前述の楽器のバックボーン提案の他に、音楽生活の継続的な支援といったあぽろんの強みを再定義し、SDGsなど社会の動きとも呼応しながら自社の存在意義を強化しようとしている。
あぽろんの経営理念は「音楽のある豊かな暮らしを提案し、それを支援し続けます」。それは音楽教室や貸しスタジオといった体験という形で以前から存在していた。売上の面では物販が6、体験が4程度の比率であったが、本間社長は今後この比率を5対5へ変えていくことを目標としている。
今後少子高齢化が進んでいく中で、新規で楽器を始める層は少なくなっていくことが予想される。一方で、すでに楽器を持っている、あるいは、昔やっていた人は増加していくことは自明であり、あぽろんはこうしたギター世代や中高年層、主婦層、知育に関心の高い層などへの音楽教室を強化している。その内容も厳格なものではなく、生徒の演奏レベルや、講師との関係といった個人に合わせた柔軟な構築であり、また「発表会」のようなイベント開催による生徒・講師・社員のコミュニケーション強化にも積極的だ。
あぽろんの取り扱うのは、エレキギター、エレキベース、ドラムといった、いわゆる「バンド楽器」が主軸である。しかし音楽教室では、ピアノ、サックスやフルートなどの管楽器、ヴァイオリンなどのクラッシックに親和性の高い弦楽器など様々だ。また、ボイストレーニングには地元アイドルが通うなど、幅広いニーズが存在している。
店内と楽器の回転率を「遅く」
あぽろんは音楽教室のような教育事業を展開するとともに、「楽器を永く使ってもらう」ための事業に現在注力している。その一つが「PLEK」だ。PLEKはドイツで開発された世界唯一の精密ギタースキャン・修正機であり、ネックの曲がり、弦高、張られている弦の震動幅などギターの様々な状態を1,000分の1ミリ単位で把握、修正、調整可能である。この精度は熟練したクラフトマンやリペアマンの持つ感覚以上であり、さらに、世界中のPLEKにリペアの記録が蓄積されていくことによる成長性も見込まれる。また、社員のナレッジマネジメントにも有効となる。
こうした楽器のメンテナンスという事業は、新しい楽器を売りたい小売業にとっては一見マイナスの事業に思える。しかし、「すでに楽器を持っている人が、今後どれだけ楽器を新しく買う可能性があるか?」と本間社長は問いかける。既存所有の楽器にターゲットを絞ったあぽろんの経営は、「思い入れのある楽器と永く付き合い続けたい」と考える楽器所有者の想いや、バックボーンという付加価値を持った同社の物販にも対応する。
安く大量に売るのではなく物語を持った一品ものを売る。学びと練習、そしてコミュニケーションの場を設る。メンテナンスを経て永く使い続ける──こうした在り方は、まさに音楽のある生活の「提案」と「支援」という会社の理念を反映している。「弊社の在り方は一種のアンチテーゼ。楽器店に限らず小売業は基本的に『回転を早くし、多くの顧客を得る』というものだが、弊社は『より遅く、顧客個人との関係を密にする』」と本間社長は話す。
また、楽器の多くは木製であり、エレキギターやベースも例外ではない。楽器を使う人間、売る人間には「木を消費する責任があり、持続可能性に配慮しなくてはいけない」とも本間社長は話す。そうした資源との付き合い方も消費社会と逆へ向かうあぽろんの方針に反映されている。あぽろんは個人と楽器を超えて、音楽文化の永続性という永い視点で楽器との付き合い方を見つめていた。
常にチャレンジしていく楽器店
2020年は新型コロナウイルスの影響が楽器業界へも波及した。あぽろんではいわゆる「お家時間」の増加に伴い物販の売上が増加したものの、音楽教室やスタジオ貸し出しは自粛を余儀なくされた時期もあったようだ。現在音楽教室は、自粛期間を利用した換気システムの導入などの設備投資により、11月時点で9割ほどの回復を見せている。一方で、ライブ自粛のあおりを受け練習の必要性が減少し、スタジオの貸し出しは現在も元の水準には戻っていないという。
しかし、独自の試みも始まっている。音楽教室会員限定のオンラインでのイベント開催や、ライブをする機会を失った講師陣への支援など、これまでの繋がりを維持するものが中心だ。コロナ禍により体験の拡張は一時的に停止したが、今後はSNS上で始まったアコースティックギターのブームにより、再び音楽教室会員が増加することが期待される。
あぽろんでは楽器以外に、楽器に関連した機材でも珍しい商品を取り扱っている。その中の一つが、折りたたみと高さ調節可能なイスラエル製の椅子「Minimax-Stool」である。あぽろんでは当初ギターなどを座って演奏する際に使用する椅子として取り扱いを開始したが、本来は多様な用途に対応できる商品である。あぽろんでは今後、体験の事業を拡張するとともに、こうした海外への買い付けで培ったノウハウとルートを元に、楽器以外の分野への卸売やBtoBの繋がりをつくり、物販の面での多様性も模索していくという。
あぽろんが最初、新潟市中央区東堀の小さな楽器店としてスタートした時を本間社長は振り返る。「最初はもちろん大手ではないし、ローカルとしても一番小さい楽器屋だった。ギターブームの終わりなど社会の変化とともに周囲の楽器店は消えていき、いつしか弊社は大手とは異なるキャラクターを持つ店として残っている。我々はいつもチャレンジする側の店だった。これからも、目利きの力とニッチなジャンルを探る力という強みからブレずに、チャレンジを続けていきたい」。(文:鈴木琢真)
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