体験を重視する展開で「ファン」を増やす株式会社マルト長谷川工作所(新潟県三条市)
金属加工のメッカ、新潟県の燕三条地域では現在、オープンファクトリーや産業観光地化の動きが加速化している。オープンファクトリーの先陣を切った三条市の株式会社諏訪田製作所や、積極的に県外・国外へ発信する燕市の株式会社玉川堂は有名だ。
そうした、ものづくりの街の新たな形が生まれつつある燕三条で今回取材したのは、三条市国道8号線沿いに拠点を置く株式会社マルト長谷川工作所。マルト長谷川では2019年、ギャラリー兼ショップである「マルトパドック」をオープン。セミナーホールを併設するなど、他の燕三条企業とはまた異なる独自の方法で、「ファンを獲得する」売り方を展開している。
目次
◎2代目社長に始まる海外進出の萌芽
◎ニッパー生産を基礎に爪切りへ
◎ファンとの繋がりを作っていく企業
◎燕三条を更に観光地化していく取り組み
2代目社長に始まる海外進出の萌芽
マルト長谷川の創業は1924年。創業者・長谷川藤三郎は幼い頃から鍛冶屋へ丁稚奉公へ出ており、東京・向島での修行を終えたのち23歳の若さで独立。当初は大工道具の「締めハタ」を主な製品としたが、のちに作業工具へ進出し、現在マルト長谷川の主要製品となるニッパーやペンチの製造を始めた。なお、社名の「マルト」とは、藤三郎の頭文字を丸で囲った屋号に由来する。
1950年代、初代から名前を受け継いだ2代目・長谷川藤三郎社長の時代に、マルト長谷川は輸出へ重点を置き始める。当時の国内工具業界は関西の工具メーカーが中心となっており、国内では販路を拡大できなかったが、アメリカ合衆国のフーラー社が三条の工具メーカーに注目し、各品目をそれぞれの会社へ発注し始めたのだ。その一環としてマルト長谷川はペンチ類を受注、フーラー社が提示する当時としては厳しい品質や価格基準をクリアすることで、輸出量と品質を向上させていく。
2代目藤三郎社長はさらに台湾などの販路を開拓。「三条貿易振興会」の会長も20年勤め、積極的な海外進出と研究を進めた。後述するマルト長谷川の海外ノウハウの蓄積は、こうした時点から始まっているようだ。
ニッパー生産を基礎に爪切りへ
マルト長谷川の主力商品は前述の通りニッパーであり、その品質を維持しているのは、材料の鍛造から包装までを社内一貫で生産可能な体制。また、同社の製品は金属部分の素材の良さや工具としての性能の高さについて注目されることが多いが、デザインへの注力と商品バリエーションの多彩さも特筆すべきポイントである。
デザインへのこだわりは2代目長谷川社長の時代、東洋工業株式会社(現・マツダ株式会社)の初代キャロルなどのデザインで知られる名インダストリアルデザイナー・小杉二郎氏との協力に始まった。その流れは1982年に三条市初のグッドデザイン賞受賞へ結びつき、現在も多くのデザイナーとのコラボレーションへ受け継がれ色彩豊かな商品を生み出し続けている。また、こうしたデザイン性はマルト長谷川の技術力と一貫生産の体制を土台として実現しているものであることも忘れてはならない。
マルト長谷川の主要な商品としてペンチ類と並び立つのが、ニッパー型爪切りだ。爪切り製造の始まりも50年代、大手化粧品メーカーから依頼を受けたことに始まる。当時、爪切りを年間30万個以上生産可能だった企業は国内外合わせてもマルト長谷川しか存在しなかったのだ。
以後、2000年代には本格的に爪切りの独自販売を開始し、首都圏での発表会やヨーロッパへの出品を展開していく。こうした海外との接点と経験、そして爪切りなどの幅広い分野への進出が、今新しく始まっているショールームの取り組みへと繋がっていく。
ファンとの繋がりを作っていく企業
生産において確かな品質を誇るマルト長谷川だが、近年はショールームと、そこで開催されるセミナーといった、いわゆる“コト事業”へ力を入れている。その始まりは、海外でのノウハウと爪切りの販売法にあった。
「美容品などは、廉価品の場合はドラッグストアなどで普通に売られるが、高級品の場合はは単に売るだけではなく、プロによる解説、つまりメソッドをセットで売るのが欧米のやり方。解説も売ろうと思った時に必要となったのが、この“マルトパドック”だった」と話すのは、マルト長谷川の4代目・長谷川直哉代表取締役社長。
マルトパドックは2019年にオープン。内部はマルト長谷川製の製品がずらりと並ぶショップエリアと、セミナーホールの2エリアに分かれている。ホールでは、毎月マルト長谷川商品を用いた爪の手入れについての講習が開催される他、同社オープンファクトリーの出発点としての役割も持つ。
こうした取り組みは、単に商品を紹介し売上を上げることだけが目的ではない。正しい扱い方を顧客へ教示することで商品の性能を十分に発揮してもらうことや、商品の付加価値を高めること効果が期待されるのである。そして何よりも、「弊社や弊社の商品のファンになってもらいたい」と長谷川社長は話す。
顧客の中には、何度も講習を受けに来てスタッフとの交流を楽しむ人や、マルト長谷川の商品を気に入り、さらに専門的な商品を購入していく人も多いという。また、マルト長谷川が独自に認定するネイルの資格の取得を目指す人も多い。
こうした交流は、マルトパドックで講演会や会合を開くきっかけにもなる。事業、美容、あるいはSDGsなど、多種多様な人々と団体がここで繋がり、セミナーホールは一種のサロンのようにも機能しているようだ。
燕三条を更に観光地化していく取り組み
3代目社長で現・代表取締役会長を務める長谷川直会長は、これまで多くのセミナーや活動を主催してきた。そして、マルトパドックを訪れた観光客には、必ず三条市の諏訪田製作所とマルナオ株式会社、燕市の玉川堂など産業観光化へ積極的な会社への工場見学を勧めているという。
「この先燕三条のものづくりが生き残るためには、燕三条に愛着を持ってくれる“ファン”をつくることが大切。この活動をさらに広く、燕三条内に“点”ではなく“面”で広げていきたい」(長谷川直会長)。
マルト長谷川と諏訪田製作所は両社ともにニッパー型爪切りを製造しているが、競合しないのかと疑問に思う読者もいるかもしれない。長谷川会長はこの点に関して「弊社と諏訪田製作所の爪切りは、実は客層が違う。お互いの製品キャラクターが異なるために、競合というよりは、協奏、切磋琢磨できる貴重な存在。私も、諏訪田製作所の爪切りの優れたデザインには感心している」と話した。
現在の燕三条では、製造業の新たな形が模索されている。そして、燕三条に息づく技術と製品の多様さと同じほど、その「魅せ方」も各社で趣向を凝らしており、マルト長谷川が語る「ファンを作ること」もまた、地域を活性化する上で重要な要素となることは間違いない。(文:鈴木琢真)
【関連リンク】
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