未曾有の復活劇で全国から注目を浴びる塩沢信用組合(新潟県南魚沼市)

塩沢信用組合理事長 小野澤一成氏

未曾有の大赤字から立ち上がり、全国から注目を浴びている金融機関が新潟県に存在する。南魚沼市に拠点を構える塩沢信用組合だ。塩沢信組は2008年に4億6,000万円の赤字という、その規模にしては巨大すぎる赤字を計上しながらも、数々の大胆な経営改革を実践し、翌年以降は黒字収支を継続している。

一部では“ミラクル”とも称される快進撃をなぜ達成できたのか、2008年に5代目理事長に就任した小野澤一成氏は、「初めに取り組んだことは『膿出し』だった」と述懐する。

 

過去10年との決別

塩沢信組は2008年以前、本業(貸付)でほとんど益が出ない状況に陥っていた。地方金融機関は本来であれば、貸出金利益で十二分の収支を出さなければならないが、当時の塩沢信組そうではなかった。また当時の塩沢信組不良貸出比率が高く、1998年頃の不良貸出比率は二十数%。おそらくこれは当時県下ワースト1だったと思われる。

小野澤氏は、「その頃は、一刻も早く債券回収して不良債権比率を下げることが至上命題となっていた。その10年間の内に本店から『お客さんのもとに行くな』という通達もあったほどだ。これでは自ずと貸出先と良好な関係はとれなかった」と当時の様子を振り返る。

「当時はお客様との良好な関係ではなく、敵対関係をも産んでいた時代だった。金融機関の貸し剥がし、貸し渋りは当たり前だったので、お客様からすると『一番本音を言ってはいけない相手』が金融機関だった。本来はそんな事をやってはいけないのですが、業界としてしょうがなかった面もある」と小野澤氏は苦笑いで答えた。

そのため当時の塩沢信組では、有価証券運用に収益の重点が置かれており、赤字になったり益が出たりの『行ったり来たり』を繰り返していた。一般的に金融機関は有価証券を保有していることによって運用利回りを得る。益が出ていれば売却益を出すこともあるが、マイナスで損切りと言うのはまずやらない。

一般的な金融機関は値下がった有価証券は(時価で)減損処理を行い、含み損のままやり通すのが普通であるが、2008年、全国のあらゆる金融機関が多大な赤字を被ったリーマンショック時、塩沢信組は4億6,000万の実現損を計上するという大きな決断を下した。

小野澤氏は含み損でやり過ごさず、あえて赤字を計上した理由を、「塩沢信組では、不良債権による収支の悪化有価証券の含み損の双子の赤字を一気に膿出しするイメージで赤字を出した」と話す。

続けて、「基盤が揺らいでいる状態で融資を行なったとしても、周囲のお客様が塩沢信組に寄りかかれない。それでは頼りない。『私たち自身が倒れない。赤字は2度と出さない』という決意と共に、健全な財務体質になる必要があり、悩み抜いた末『過去10年の決別』という道を選択した」と当時の心境を振り返った。

塩沢信用組合理事長 小野澤一成氏

 

まずは職員の意識転換から

小さな金融機関が発表した、4億6,000万円もの単年度赤字は世間に非常に大きなインパクトを与え、大手メディアでも一面で報じられた。当時は関係者から叱咤、叱責をされる事も少なくなかったという。赤字を出してから塩沢信組がまず取り組んだのがお詫び行脚だ。

「必ず立ち直ります。もう2度と赤字を出さないような体質に生まれ変わりますので、是非応援してください」という、お詫びとお願いを兼ねた行員揃っての挨拶周りが、その後約1年半以上続いた。

その間、小野澤氏はより効率的な営業体勢を整えるために新たな施策を打った。「職員が過去10年の体質に染まっていたので、まずはどう転換するのかを考えた。そこで私は、金融機関の営業の軸と言われていた『定期積金・年金』の月々の集金作業を辞めさせた」(小野澤氏)

集金作業は金融機関にとって、欠かすことのできない大事な営業ツールの一つであると言われている。各家庭に集金に行った際の経営者との会話が営業の糸口になるのだ。だが小野澤氏はそれを真っ先に辞めるよう指示した。

「営業職の人間は、集金検査だけで1ヶ月が終わっているという事態も少なくないが、実態としては集金から営業に発展する事はごく僅かだった。初めのうちは『年金・定期積金減りますよ。減ったら困りますよ』という職員からの進言もあったが、『減っても困んないよ』と突っぱね、職員には腹をくくってもらった」と小野澤氏は笑顔で当時を振り返る。

続けて「職員には、そこで浮いた時間を地域のために使いなさいと指示した。まずはお詫びから始まり、地域で困っている人間に寄り添うような対応をしてもらった」と話す。

今現在も、『地元の為に』という意識を念頭に置き、懸命に働く従業員が多く集まっている事が塩沢信組の力となっている。

塩沢信用組合本店

 

プロパー融資から始まった「お陰様現象」

プロパー融資とは、業績や担保・保証人の信用力などから返済能力などを判断し融資を行う事だ。このプロパー融資は、貸付けの焦付きリスクが高いため、それを行う金融機関は少なく、一方で多くの金融機関は保証会社を間に挟んだ保証貸付融資を行う。

塩沢信組は現場の声を拾い上げる事で、どの金融機関も行っていなかったプロパー融資に着目した。小野澤氏は、お詫び行脚をはじめてから2年ほど経った2010年、クレジットカードの発行ができない若者が多数いることを知った。原因を辿ってみると、若者が学生時に携帯電話の支払いを長期に渡って遅らせたために信用情報が汚れてしまい、カード発行を否決されている事が事象化されていたという事実に突きあたる。

その事象について小野澤氏は、「よくある事だと思った。我々は原因も分かっているし、ご家庭の事情も分かっている。要は、人を金融取引の信用情報として見てしまうからダメなのであって、独自の信用チェックとローカル情報を基軸とした、プロパー対応なら可能だと判断した」と話す。

実際に塩沢信組は、審査において信用情報を頼りとしないクレジットカードを発行し、地域における若手のクレジット払いの促進に寄与した。「これで現金がなくても買い物できるような若者が増えたので、地域の消費活動にも少しは貢献できたのではないかと思う。地域の方々からは『信組さんのおかげで助かった』と言われる事も多くなり、それが弊社の経営を後押しするような現象と化した」と小野澤氏は話した。

 

貸出にリソースを集中。住宅ローンの新規営業停止という英断

1契約あたりの単価が高い住宅ローンは金融機関の収益の要だ。2012年に塩沢信組はこの金融機関にとって大きな収益の柱である住宅ローンの新規営業を停止した。この決断も全国紙でも取り上げられるほどの話題になった。

小野澤氏はこの決断に対し、「そもそも住宅ローン市場にはメガバンクなどの参入もあり、弊社には勝ち目は薄かったし、ダンピング合戦が激化する中で弊社が疲弊するのは避けたかった。実際に8ヶ月間付き合ったお客様を契約間近で引き抜かれてしまった事もあった。単価は低いかもしれないが、貸出に注力する方が断然良いと考えた」と、当時の心境を話す。

この貸出に注力するという決断は奏功し、昨今の金融貸出金利の低下が叫ばれている中でも、塩沢信金は今なお2009年当時の貸出利回り2.8〜2.9%を維持できている。

小野澤氏は「2.8%という金利は、2009年当時だと他金融機関に比べて低かった。しかし今の金利2%時代の中であっても、弊社は当時の金利をキープできている。ここがビジネスモデルのミソかもしれない」と語る。

塩沢信用組合 本店の様子

 

地域のため、人のため

現在塩沢信金は2017年4月から、20代に限定し、「地元の提携先の工務店を利用する事」と、「毎年の家計診断」を条件にした住宅ローンを展開している。その住宅ローンを用いて家を買うと、毎年1回工務店によるメンテナンスサービスを受けられる。また、債務者は最大で50回まで無料で返済プランの変更をできる。

この若者向けのローンに対して小野澤氏は、「若い人にこそ恵まれた住宅ローンを用意するべきだ。建てて安心・住んで安心をモットーにプランを用意した」と話す。「従来のローンのあり方がおかしかったのではないか。何千万の借金を抱えて、返済が滞ったら家まで取られて…。では金融機関の住宅ローンって不安の提供ですか? 夢のマイホームなのだから『安心の提供ではないといけない』というのが発想の原点。50年間フルに安心の提供だ」と小野澤氏は満面の笑みで語った。

また塩沢信組は地域経済を盛り上げるために、様々な取り組みを行なっている。例えば、立地が悪く収益状況が良くなかった地元のパン屋から「お店を閉めようか悩んでいる」という相談を受けた塩沢信金の行員は、週に1回の『塩沢信金本店前でのパンの移動販売』を計画し、今ではすっかり名物企画となった。

ほかにも、昨年はコロナ禍で中止となってしまったが、地元の酒蔵と協力し、年に1度のお祭りの開催も行なっている。祭りでは1家庭1品料理を持ち寄り、家庭料理をツマミに日本酒を飲みながら交流を楽しむ。塩沢信金の地元に寄り添う姿勢と取り組みにより、日々こうした事例が積み上がっている。

塩沢信用組合本店 地域の方がいつでも情報をすることができる「地域のかわら版」

 

今後取り組む2本の柱 「家計診断」と「経営相談」

今後、塩沢信組は、「個人の家計診断」と「経営者のお悩み相談」を2本の柱として取り組んでいくという。

個人の家計診断について小野澤氏は、「これからどの家庭でも、サラリー(給与)減少による収支悪化が見込まれる。その埋め合わせを、預金を崩したり、カードローンに入って補填したりというのが今でも当たり前に行われているように思う。それを放っておくと逆に消費者が疲弊してきて、結果として消費活動も抑制され、ひいては地域経済が不振に陥る。おそらく昨今の無審査カードローンは社会問題化するのではないかと危惧している」と話す。

そこで同社は、どの世帯も収支の悪化の入り口に立っているということを踏まえ、無料の家計診断を提供している。「知らずのうちに『時すでに遅し』と言うことになってしまわないよう、予防衝動をかけようというのが一つの柱だ」と小野澤氏は話した。

さらに経営者のお悩み相談についてはこう語る。「00融資ということで金融機関がジャブジャブ企業に資金提供してしまうと、今は良いかもしれないが、やがて来る3年後の返済負担の倍返しに会うので、今からアフターコロナを睨んだ体制づくりをしないと間に合わなくなる。そうなると倒産ラッシュが起こらないとも限らない」(小野澤氏)

続けて、「そこで私たちは、事業者・経営者に対してソリューション支援(課題解決支援)をしようということで、資金調達に限らず全ての事柄に対して『お困りごと調査』を行っている。多くの経営者は金融機関に弱音を見せちゃいけないとビクビクしているが、寄り添う事で些細なことでも良いので『実は…』の話を引き出す事が大切だ。『実はこんな事情で今後の売り上げが…。実は後継者が…。実は従業員不足で…』と言った相談をうちの職員には話してくれる。職員はそれを持ち帰って、『なんとかしてあげたい』という思いで、みんなで一生懸命に知恵を出して、解決に動いている」と小野澤氏は語った。

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どんな事業であれ、SDGsやESGの概念を取り入れることが一般化している昨今。これからますます経済性よりも社会性を重んじる価値観へ変化していくと思われる。こうした中、小野澤氏は最後に「昔は、会社というのは経済性一辺倒で、お金をいかに稼ぐかということに重点が置かれていた。別にお金を稼ぐことは悪いことではないが、これからは社会性が最も重要視される時代です。社会性を無視した経済性は絶対あり得ないです」と話していた。(文:石井優)

塩沢信用組合本店

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