仲間とともに夢を語り、夢を叶える 越後長岡かるた会代表佐藤元美さん(長岡市)

かるたは細部までこだわって作られた

地元の歴史を知り、文化を語り継ぐものとして、長岡の誇りを集めた「越後長岡郷土かるた」がある。2021年の販売直後から多くの人々やメディアによって注目されてきた。仕掛け人は、長岡市内で、「割烹春六」(長岡市台町2)の女将をしている佐藤元美さん(65歳)。同「かるた」はどういう経緯で誕生したのか。「越後長岡かるた会」の代表を務める佐藤さんから話を聞いた。

長岡生まれ長岡育ちに佐藤さんが、故郷の歴史や文化を扱ったかるたを作るくらいだから、さぞや地元長岡が大好きな少女時代を過ごしていたのだろうと思いきや、若い頃は「長岡が嫌で嫌で出て行くしかなかった」という。地元の高校を卒業後、実家を離れられそうな客室乗務員を目指した佐藤さんは、18歳で大手航空会社が募集していた客室乗務員の採用試験を受けるが、残念ながら桜散る。夢を諦め切れない佐藤さんは、2年制の専門学校に通い、再び客室乗務員に挑戦しようとした。ところが、佐藤さんが学校を卒業した年はオイルショック直後だった。各航空会社は新規の採用をしない方針を定め、当てにしていた採用試験の実施自体がなくなってしまう状態だった。その後も何度も採用試験に挑戦したが、想いは叶わず。3度目の挑戦でようやく大手航空会社の国際線での採用が決まった。いよいよ憧れの客室乗務員としてのデビューである。客室乗務員時代は、様々な国を訪れたという佐藤さんだったが、地元を離れ、様々な人や文化に触れていく中で、次第に「やっぱり日本がいいなあ。それも東京より地元の方が良いかな」と想うようになっていったという。ご両親が経営していた割烹も大繁盛で、人手不足で困っていたということもあり、6年間務めた職場を思い切って退職、故郷に戻ってきた。中学校時代の同級生と結婚し、3人の子どもに恵まれるなか、割烹の女将として充実した日々を過ごしていた。

転機は、2004年10月23日に発生した中越地震である。地震の影響で客足が減り、店舗の売り上げが大きく落ち込んだ。周囲の仲間たちにも活気がなくなった。「これは何かしなければならない」と考えた佐藤さんが目をつけたのが、店舗近くにある福島江の桜並木だった。同桜並木は、毎年春になると、写真を撮りに来る観光客で賑わう。そこで、福島江の桜をテーマに、地元を盛り上げることを考えた。「福島江桜まつり」の開催である。同「まつり」は、新型ウィルス禍のなかで中止を余儀なくされたりもしたが、今年14回目の開催をアオーレ長岡で迎えた。また、店舗の隣には野本互尊によって建てられた日本互尊社の建物がある。同互尊社の庭園は、秋になると庭園の紅葉が見事に色づく。その庭園内でコンサートをすることを思いついた。「杜のコンサート」である。同コンサートは、「桜まつり」同様に中止も余儀なくされたが、今年15回目の開催を迎えることが出来た。

地域振興の一環として、様々なことに積極的に取り組んでいる佐藤さんだが、地元の歴史や文化をテーマにしたかるたづくりの構想はかなり以前からあったという。普段から「どうしたら長岡の良さを他の人に知ってもらうことが出来るだろうか」と考えている佐藤さんは、かるたとして長岡ゆかりのエピソードを込めることで「大人も子どもも楽しめる」ということに気がついた。そこで、震災前から市役所や商工会議所の職員に提案していたものの、なかなか実現しなかった。

長岡ペンクラブの会員でもある佐藤さんは、同会が発行している『Penac』誌上で、長岡の歴史や文化を題材としたかるたをつくることを提案した。それに応じたある会員から「かるたではなくて百人一首という形式にしてはどうか」という提案があり、同誌40号にて、「ペナック百人一首特集」としてさっそく試みた。これが、同「かるた」の原型になったと佐藤さんは語る。2015年のことである。その後、忙しくてなかなかかるたを制作することができずにいたところに新型ウィルス禍が発生した。先に挙げた二つのイベントの開催が困難になる中で打開策として、かるたをつくることにしたという。

制作にあたっては、「新潟偉人かるた」などすでに製品化されていたご当地かるたを取り寄せて研究した。かるた本体のみならず、かるたを包む箱の品質、厚さ、枠の色といった細部にまでこだわりを見せる。読み札の文言も自分たちで考えた。また、かるたの札を見ながら長岡の観光巡りが出来るように地図もつけた。日本人のみならず、長岡に旅行に来た外国人の方でも少しでも長岡のことを知ってもらえるようにと、英語と中国語の訳文も盛り込んだ。こうして完成した「越後長岡郷土かるた」は、2022年4月に開催された第62回全国推奨観光土産品審査会において、全国観光土産品連盟より「全国的に優秀な観光土産品」として評価を受けた。最近ではかるただけでなく、絵札を元にした「絵はがき」や「ポスター」、「クリアファイル」などといった関連グッズもリリースしている。

今後は、「(同かるたを用いた)かるた大会の開催も目指している」という佐藤さんは現在、公式大会実現に向けての公式ルールなども考案中である。東京に住んでいるという小学1年生と小学2年生の孫たちも競うようにしてかるたで遊んでおり、すっかり読み札の内容が頭に入っている。小学生でも長岡の歴史や文化を遊びながら身につけることができるのが、かるた遊びの強みである。

「まさか自分がかるたを作るなんて思ってもいなかった」と語る佐藤さんにはまだまだやりたいことがあるという。一つは、自分が今までペンクラブで書きためてきた原稿を集めてエッセイ集を出すこと。タイトルももう決めてある。もう一つは、長岡にある昔ながらの老舗を紹介する本を出版すること。地元で頑張っている商店を応援することで、地域を活性化する狙いがある。

困難をものともせず、様々な苦難をチャンスに転じて、仲間とともに次々と夢を実現していく佐藤さんの姿に、北越戊辰戦争から太平洋戦争、中越地震までを乗り越えてきた長岡人の芯の強さをまざまざと見せつけられた。そんな気がした。

かるたを元にデザインされたポスターをもつ佐藤さん

(文・撮影 湯本泰隆)

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