【独自】「プロ野球を10倍楽しく見る方法」の編集者・寺口雅彦氏(東京都在住)に聞く

寺口雅彦氏(オンライン取材にて)

昭和、平成にかけての時代、数多くのベストセラーに関わってきた編集者がいた。「エモやん」の愛称で親しまれた元プロ野球投手で元参院議員の江本孟紀(たけのり)氏の「プロ野球を10倍楽しく見る方法」(200万部のベストセラー)や、かつてテレビで一世を風靡した細木数子氏の「六星占術シリーズ」を手がけるなど、まさに時代を作った名編集者である。70歳を過ぎた今も現役の編集者を続ける寺口雅彦氏(東京都在住)にヒットの法則や発想法のコツなどを聞いた。

 

KKベストセラーズ創業者の岩瀬順三氏との「出会い」

東京生まれ、東京育ちの寺口氏は都下の中央大学附属高校から早稲田大学法学部に進んだ。高校時代は男子校で、勉強も全くと言っていいほどしていなかった。大学進学への焦りの中、受験勉強で出会った参考書がある。それが、後に上司となるKKベストセラーズ創業者の岩瀬順三氏が青春出版社の編集者時代に企画した、通称「でる単」だ。昭和42年刊行で、大学受験生から圧倒的な支持を集めた「試験にでる英単語」は、ある調査では1,500万部の売り上げを誇る。

「でる単」で効率的に勉強した寺口氏は名門の早稲田大学に受かった。「何だかタイトルからして怪しいなと思ったんですが、とにかく試験に出たんです。これが何年後に私もKKベストセラーズに入るんですから、運命的な出会いだったということですね」(寺口氏)。

ナベプロへ入社

早稲田大学卒業後、当時の芸能界を牛耳っていた大手芸能プロダクション・渡辺プロダクションに入社する。

「当時は沢田研二や布施明、キャンディーズ、ドリフターズもいました。まさに、渡辺帝国で、当時の芸能界を仕切っていました。のちに現在のアミューズを創業した先輩もいました。しかし、周りの社員の人たちがすごすぎて、私はついていけずに1年で辞めました」(寺口氏)。

その後、出版社で勤務したものの経営難で退職。そののち、26歳の時、新聞の求人広告で見つけたKKベストセラーズに入社することになった。すでに結婚していたので、生活を安定させる必要があった。

KKベストセラーズでは、書籍編集部ではアントニオ猪木氏、野村克也氏、競馬本の高本公夫氏などの本を担当した。

プロ野球を10倍楽しく見る方法

 

「プロ野球を10倍楽しく見る方法」が200万部のベストセラーに

そして、江本氏が阪神時代に「ベンチがアホやから野球でけへん」という発言が元で現役引退に追い込まれることになる。引退後の1982年1月に寺口氏が担当した「プロ野球を10倍楽しく見る方法」が出版された。マウンド上でピッチャーとキャッチャーは「今日夜、飲みに行こう」と話しているなど、この本はプロ野球の暴露本の草分け的な存在であり、発行部数200万部と爆発的に売れた。

「最初、江本さんがあの発言をした時に、うちの社長から江本のところに行って来いといわれました。他のマスコミは江本さんに球団の悪口を言わせたがっていましたが、私はプロ野球の面白い話を書いてもらいたかった。また、江本さんの東映フライヤーズ時代のことを覚えていたので、その点を話したら気に入られましたね。『10倍楽しく見る方法』というタイトルは実は岩瀬順三が以前から温めていたものです。誰に書かせるか分からないけれども、先に何本もタイトルをストックしておくんです。この本はタイトルと内容が見事にはまりました」(寺口氏)。

その後、寺口氏は、KKベストセラーズ初の雑誌『ザ・ベストMagazine』創刊のために新設された雑誌編集部に志願して異動。『ザ・ベストMagazine』は創刊半年目に100万部超を売り上げた。

KKベストセラーズは、売れっ子の小説家から原稿をもらい、出版するというような文芸出版社ではない。実用書やエンターテインメントの本がメインである。その場合には、作家の名前で売れると言うよりも、内容重視、さらには書店で手に取ってもらうにはタイトルが極めて重要な位置を占めてくる。

「生前、岩瀬順三からは、「やられた! と思う他社のタイトルを2つ3つ挙げてみろ」とよく言われました。その習慣が今でも残っているので(苦笑)言わせてもらうと、近年のベストセラーでは、『嫌われる勇気』を見た時はやられたと思いましたね。実は私もこの本の前に岸見一郎先生の本を担当していたので、なおさらでした。この本でアドラー心理学が一気に広まったと思います。それから、私が編集として関わらせてもらった健康本の『「空腹」こそ最強のクスリ』もうまいと思いましたね。タイトルは版元編集部の責任者が付けました。これはある意味断食のすすめなんですが、空腹を薬と表現したところがうまい。タイトルというのはもちろん羊頭狗肉ではだめですが、読者を引き付けるためには重要な要素です。売れ行きにも関わってきます」(寺口氏)。

細木数子氏の「六星占術シリーズ」

 

シリーズで1,000万部以上売れたことも

また、寺口氏はあの細木数子氏の本も長年手がけていた。細木氏とはKKベストセラーズ時代からの付き合いで、寺口氏が編集プロダクション(文筆堂)を立ち上げ、独立してからも続いた。

「細木先生は京都にも住まれていたこともあってか、関西での販売が強いんです。一度、KKベストセラーズを出て他の出版社で出した時がありましたが、関西で売れることを知らず、あまり売れ行きが芳しくなかった。なので翌年からは再びKKベストセラーズから刊行することになりました。細木先生がテレビに出ていた時は、シリーズで1,000万部以上売れたこともありました。今は娘さんが引き継いで、他の出版社で出しています」(寺口氏)。

 

頭のテッペンから爪先までにある欲望を具現化すること

ところで、寺口氏がKKベストセラーズ創業者の岩瀬順三社長によく言われた言葉に、「俺たちの仕事は、(読者の)頭のテッペンから爪先までにある欲望を具現化することだ」というものもある。岩瀬社長は「だから天下国家を論じる本からエロ本まで作るんだ」と話していた。

寺口氏は芸能プロダクションや出版社にいた経験から、同じような才能を持ったタレントや作家でもそれを売り出すマネージャーや編集者といった裏方のやり方によって全く違ってしまうことを多く見てきた。故岩瀬社長の言葉は、エンターテインメントの原点でもある。

本が売れない時代になって久しい。大ベストセラー作家の村上春樹ともなると別格だが、人気小説家でもかつては10万部がバロメーターと言われた時代もあった。しかし、今は1万部売れればベストセラーと言われる時代だ。アマゾンなどネット販売の台頭で、地方の中小書店だけでなく、都内の大型有名書店でさえも閉店に追い込まれるご時世となった。

今の時代、岩瀬社長のような出版人がどれだけいるだろうか。書店に行っても、売れ筋路線中心の品ぞろえで、哲学書や文芸評論など売れない難解な本は置かれなくなっているようだ。

できるビジネスマンは時間がない中でも本を読んでいることが多い。出版文化の灯を消さないためにも、読書の習慣を取り戻してもらいたいものだ。

寺口氏が担当した岸見一郎氏の本

(文・梅川康輝)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな記事も

 

── にいがた経済新聞アプリ 配信中 ──

にいがた経済新聞は、気になった記事を登録できるお気に入り機能や、速報などの重要な記事を見逃さないプッシュ通知機能がついた専用アプリでもご覧いただけます。 読者の皆様により快適にご利用いただけるよう、今後も随時改善を行っていく予定です。

↓アプリのダウンロードは下のリンクから!↓