【連載小説】「シェアハウスの幽霊」第5回 早川阿栗・作

 

第5回

 

この日は最初から「でいご」という沖縄料理の店に入る。まだほかの客が誰も訪れていない中、奥のテーブル席につく。

「あとでツモリも来るから」

当たり前の事象を報告するようにピンキーが言った。自然な流れに、康太も違和感なく素直にうなずいた。ラミネート加工のメニューをぼんやりと眺める。

ピンキーはサーターアンダギーをつまみに飲み始めた。三線の音がゆるやかに流れている。康太は海ぶどうと島らっきょうを注文して、先に届いたオリオンビールを半分ほどまで一気に飲んだ。

前回と違い、近況報告することは何もなかった。昔話を蒸し返すには間隔が短すぎる。ピンキーの口数は少ない。ただ、康太は沈黙も苦にならなかった。ときどき、これうまいな、とか、まだまだ暑いな、とか、アルビ調子いいな、などと口にするくらいで、言葉のラリーは続かない。

「あとで二人に相談したいことがあるから」

それだけ言うとピンキーはサーターアンダギーを再注文した。まだ残っている最後の一個にかぶりつき、泡盛で流し込む。それ、うまいの? と康太が尋ねる。時間が経つにつれ、朔美が加わることへの緊張感が増してきていた。

「糖分と糖分の仁義なき戦い、って感じ?」

ピンキーがからからと笑い、氷も放り込むような勢いでグラスを呷る。

津森朔美が遅れて現れたとき、二人はすでにかなり酔いが回っていた。チェイサーとして水を続けざまに飲み、まともな状態への回帰を試みているところだった。

朔美はシンプルな黒いワンピース姿だった。ヘリンボーン模様が浮かぶプリーツスタイルのシルエットはゆったりとしている。二十代にも見えるのはターコイズブルーのサマーニットキャップを合わせているからかもしれない。

「お待たせしまして」

朔美は康太の隣に座る。さんぴん茶を注文したのに倣い、残りの二人も同じものを頼む。

「お二人そろったところで、本日の本題に入りたいと思います」

ピンキーの口調はあやしく、素面とは言い難い。康太もまた同様だった。朔美は黙ってうなずき、続きを促す。先日もわずかに触れられた古民家シェアハウスの相談だった。

それはピンキーの家族が所有する物件だ。シェアハウスとして貸し出すための改装は終わっている。元々、両親が管理者として離れのスペースに住む予定だった。しかし父が具合を悪くし、母がその面倒を見ることになった。五つ年上の兄は妻子を伴ってドイツで暮らしている。そんな事情もあり、ピンキーにこの案件が回ってきたらしい。

半年ほど前から住人を募集しているものの、なかなか集まらない。家賃は相場と照らしてもずいぶん手頃に設定してある。

「なあ、流行ってるんじゃないの、古民家もシェアハウスも。どっちもさ、パワーワードじゃないのかよ」

ピンキーが康太と朔美を交互に見つめる。それから店員を呼んで、結局、アルコールを注文する。朔美は泡盛のまさひろを頼んだ。康太もまたビールへ戻る。

古民家とシェアハウス、それぞれのイメージが相反しているせいで、しっくりこないのではないか。飲み物が届く前に、朔美が冷静に意見を伝える。個室と言ってもふすまや障子で仕切られている画が浮かんでくる。康太も補足するようにつけ加えた。

「ていうかさ、キミらがさ、入居してくれたらそれでもう二部屋埋まるんだよね、どうよ、これ。ほら、デモドリ組は実家でも居場所ないっしょ」

ピンキーのいじりに二人とも気を悪くすることはない。それどころか、康太はそこでの生活を想像してリアクションが遅れてしまう。一方で朔美は即座に断りの言葉を返す。

「まあ、考えておいてよ」

未練がましい調子の言葉を残し、ピンキーが席を外す。ふらつきながらトイレへ向かう。その間に飲み物が運ばれてきた。朔美はもずくの天ぷらを注文する。

「北島くんがサーターアンダギーばっかり食べてるから、こっちも揚げ物いかせてもらおうかな」

おどけるような笑みを見せたあと、サマーニット帽を脱いで前髪の乱れを整える。康太は視線をわずかにずらし、なるほど、と言って笑う。

「シェアハウスか」

小声のつぶやきに康太はあえて反応しなかった。奥の扉が開き、トイレからピンキーが姿を現す。(続く)

 

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早川阿栗(はやかわあぐり)
新潟県上越市出身、東京都内在住。第105回文學界新人賞島田雅彦奨励賞受賞「東京キノコ」。また、別の筆名で県内の各種文学賞を受賞。

 

 

 

 

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