【2023年フロントランナーに聴く】第3回 先代の想いを引き継いだ伝統と挑戦 吉乃川(新潟県長岡市)の峰政祐己社長に聞く
創業1548年(天文17年)の老舗酒蔵。室町後期、時は戦国時代である。これだけ長く続いているのは、吉乃川株式会社(新潟県長岡市)の代名詞でもある「淡麗辛口」が新潟のみならず、全国の左党に愛され続けてきた証だろう。しかし、日本酒に対するニーズは、大量に飲まれてきた時代から嗜好性の高い時代に変化してきている。そこで、吉乃川は30年ぶりの新ブランドとして「みなも」シリーズを2019年に発売した。
また、本社の敷地内には同じく2019年に観光施設「酒ミュージアム 醸蔵」が開館した。吉乃川の歴史や酒造りについての展示スペースや、限定酒もあるSAKEバーの他、売店に、「酒造り体験ゲーム」と大人から子供まで楽しめる場となっている。施設は16時半に閉館する。「閉館後、お客様にはそのまま長岡市内へ出て頂き、飲食店を利用してもらいたいのです。その起点を醸造の町 摂田屋で周りの蔵やお店と一体となり盛り上げていければ」と話す峰政祐己(ゆうき)社長。そんな峰政社長にこれからの吉乃川商品への考えや海外市場への挑戦、摂田屋の活性化への想いなどを伺った。
――先代(19代目)の社長のエピソードを。
19代目という伝統を背負っているのに、「日本酒は『こうでなければならない』が多い。もっと自由に日本酒を楽しむべきだ」というポリシーを持った方でした。フランスに行った時に、おじいさんがワインを水で割って飲んでいる姿を見て、とても格好良く感じたそうです。格式にとらわれず、自分が良いと思うスタイルを貫く生き方なんですね。ですので、日本酒をロックで飲んだり、吟醸酒に少しずつ純米酒を足していき味の変化を楽しんだり。日本酒カクテルのイベントにも20年以上前から、単独で協賛していたんですよ。
「きちんと造った酒は、氷をいれても、正しく取った出汁のように、綺麗に伸びていく」そう言いながら、周りの人達に笑顔で日本酒のロックを勧めてましたね。
――自由に楽しめる世界を広げる?
僕が企画部長だった頃から、その方向でいろいろな施策を進めていました。ターゲットはやはり若い世代になりますね。日本酒リキュールやカクテルから始まって日本酒に触れてもらう。若い人の場合、購入場所はどうしてもスーパーやコンビニ、洋風の居酒屋のような買いやすいところ、飲みに行きやすいところになります。ですので、そうした接点での展開に注力していました。
吉乃川はもともと、より多くの人にお酒の楽しみを知ってもらいたいという考えで酒造りをし、販売してきました。ですので、買いやすい場所、飲みに行きやすい店を重視してきたのです。そこに若い人向けの施策が相まって、若い人たちの認知も評価も上がりますし、結果的に売上も伸びてきました。ただ、全体で見ると、思ったほどブランドイメージは上がってなかったのです。
――何か、日本酒独特の世界があると。
日本酒は工業製品としての価値よりも、伝統工芸品的な価値の方が重視されています。確かに、自分達の手造りの大吟醸の工程を見ていると神々しさを感じるところもあるくらいです。丁寧に作った酒が評価されるのは当たり前だと思います。
一方で、食品産業においては、例えば味の素の餃子のように、「日本で一番売れています」が有力なセールスポイントになりますが、日本酒はそれがあまりない。最近のスーパーさんは冷蔵庫を入れたり、LED照明にしたりと店頭在庫の品質向上に務められておりますが、地酒専門店さんの目の行き届く管理にはどうしても敵わない。製造量の少ない人気の蔵元さんは地酒専門店さんに集まるので、日本酒のトレンドや深い情報は専門店さんから発信されることとなります。
吉乃川としては、今まで同様に、より多くのお客様に日本酒を楽しんでもらうための「いつでも、どこでも」の接点とともに、専門店という情報発信の場に向けた「みなも」という新しいブランドを2019年に投入しました。
――海外市場の動向は?
海外のメインは主に北米とカナダです。あとは、アジアやヨーロッパなど約20カ国で扱われています。基本的には現地のインポーターさんと協力し販路を拡げています。現地のインポーターさんは、熱い想いで、それぞれの現地の方に吉乃川を拡げようとしてくれています。例えば、カナダのインポータ―さんは「全てのカナダ人の冷蔵庫に日本酒を入れるのが夢だ」とおっしゃいます。
海外での日本酒への関心は一層高まっていると感じます。特に、新潟県は雪と、雪がもたらすきれいな水、きれいな水に育まれるお米、そして、水と米を使い、雪の中仕込まれるお酒。蔵元と酒を愛する県民性と、とても魅力ある文化的なストーリーを持っているので、しっかり伝えて行きたいと思います。
――摂田屋の街づくりにおける想いは?
2019年10月、吉乃川の敷地内に、大正期の倉庫をリノベーションした「酒ミュージアム 醸蔵(じょうぐら)」を作りました。歴史や酒造りの展示から、限定酒などのお酒も楽しめる施設です。
吉乃川は全国に販路を拡げており、比較的お酒が手に入りやすい反面、どこでどのような方にお飲み頂いているのかが分かりにくいというジレンマがありました。そこで、お客様と直接触れ合える場が必要だと考えたのです。まさに「お客様と蔵の関係を”醸す蔵”」から「醸蔵」と命名しました。
また、吉乃川のある摂田屋には、周辺に味噌や醤油といった醸造蔵が複数あります。さらに摂田屋は長岡駅から車で15分。JR宮内駅から徒歩10分と駅からも比較的近い距離にあります。そのため、旅行等での「立ち寄り地」としてコースに組み込んでもらえるよう、周りの蔵やお店とも連携を取り、エリアとして盛り上げる取り組みをしています。蔵同士のつながりの点と点を線にし、面にすることで観光地として巡る愉しさ、魅力を発信していければと思います。
吉乃川が470年という長きに渡り続いてきたのは、その時代にあわせて変化してきた結果です。これからも私たちは、お酒の愉しさという本質を変えることなく、時代に合わせて表現は変化させる「変わらないために、変わっていく」蔵でありたいと考えています。
(聞き手・梅川康輝)
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