【好評連載】「シェアハウスの幽霊」第12回 早川阿栗・作

鳥屋野潟からビッグスワンを望む

 

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第12回

 

「うそつきっていう風には思われたくないんだけど」

そんな前置きから、また別の海辺の話が始まった。

朔美はときどき、朝の砂浜でぬいぐるみを拾う。いわゆるキャラクターものばかりで、どれも正規品のようだ。どこから運ばれてきたのか、見当もつかない。波打ち際でひっくり返った体勢で落ちている。大きさはまちまちだが、抱えきれないほどのサイズのものは一度も目にしていない。

かけ声の練習のあと、濡れたぬいぐるみを拾う。海水によって浄化されているという感覚があるのか、抵抗はない。誰に触れられたのかわからないものを手に取る。最近は回収用のビニール袋さえ持参している。

ぬいぐるみを見かけるのは平均すれば週に一度ほどだ。三日続けて拾ったこともあるし、一週間以上、収穫がないときもある。落ちているのは一つだけで、一度に何個も目にすることはない。

持ち帰ったものを丁寧に手洗いする。乾かしたあと、もう一度洗う。ぬいぐるみは数日、ベランダで吊るされる。

この朝の収集を止められない。ぬいぐるみは増え続け、部屋を圧迫し始めている。床やベッドの上、棚の最上段などに並べられたものを眺めながら、娘はどれを気に入ってくれるだろうか、ということを考えてしまう。

「こんなことしゃべって、めちゃくちゃやばいやつじゃん、ってことなんかよりも、うそつきっていう風には思われたくないんだけどね」

朔美は始まりと近い言い回しで締めた。康太には突然、話が終わったように感じられた。

途中からベンチを離れ、歩き出していた。湖面の様子を眺めつつ、水際の道を緩慢に進む。長い話ではなかったが、かなりの距離を歩いたような筋肉のこわばりがあった。

康太は笑顔を見せ続けた。それは半ば意図的だった。朔美の語った内容をどんな形でも否定したくなかった。不自然で固い表情になっても、ほかの意図が伝わるより、ずっとましだと思った。ただ、どんなコメントをするべきか、なかなか言葉が出てこなかった。

「今度、朝、一緒に行ってみる? ほんとに、ぬいぐるみ落ちてるから」

本気とも冗談ともつかない口調だった。疑っているわけではないが、まだ薄暗いうちから朔美が波打ち際でぬいぐるみを仕込む姿を康太はイメージした。それは喜劇風でありながら悲劇的なニュアンスも帯びていた。

「ごめんね、わたしばっかり話しちゃった」

白鳥はやはり見つからなかった。水の近くに長くいると身体が冷えてくる。首回りや頬がひんやりとして、それを確認する指先もまた同様だった。

バスを待つ間、暖かいお茶を買った。一本のペットボトルを数口ずつ交互に飲んだ。そこに照れや気恥ずかしさのような感情はなかった。直接、自分の思いを伝えることはなかったが、朔美から聞いた話は康太にとって、かなり生々しいものとして響いた。朔美の感情の何かしらは確かに伝わった。お礼の気持ちを述べて、また今度、話を聞いてほしい、と頼む。

「じゃあ、次回は、康太くんの結婚してたときのこととか、じっくり知りたいな」

話しにくかったら長文メールとかでもいいから。そうつけ足して、朔美はペットボトルのキャップを丁寧に締めた。

オレンジ色を薄くなるまで水で溶いたような空を鳥が飛んでいる。きっと白鳥ではない。それくらいのことは康太にもわかる。あの鳥たちは飛びながらどんな声で鳴いているのだろうか。康太は降車ボタンに手を伸ばす。そのほんの少し前に朔美が押した。割れるようなブザー音が車内に響く。

このまま食事に誘ったほうがいいか、それならどこにどのように、と迷い始めると、ここでもまた先手を打たれた。神戸の伯母が近くまで来ていて、会食する予定があるらしい。わざわざ一緒に写った画像まで見せてくれた。それもまた朔美らしい気遣いなのだろう。

別れ際、ピンキーのシェアハウスについて、前向きに考えていることを朔美は告げた。管理人としてそこで働くつもりらしい。

「勢いでコミコミなんて名前つけた責任もあるし」

指切りのジェスチャーをしてみせた。それは売れないアイドルの振り付けの一部みたいな動きだった。それを指摘すると、朔美は改めて大きく手を振った。

二人は別れ、違う方向へ歩きだした。空は一気に暗くなり、もはやどんな鳥の姿も見えなかった。

(続く)

 

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早川阿栗(はやかわあぐり)
新潟県上越市出身、東京都内在住。第105回文學界新人賞島田雅彦奨励賞受賞「東京キノコ」。また、別の筆名で県内の各種文学賞を受賞。

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