【書評】新潟南の二大商業施設、その開発秘話とまちづくりの哲学/「南南西に進路を取れ 新潟市を活かす、場所産業と街づくり」(著者・平松勝)
「あの赤い夕陽が沈む大陸へ赴き、広大な大地を開発するのだ」
私は、唐突な上司の言葉に印象が深く残ったのだ。「何ですか」と聞くと上司はこう付け加えた。
「(漁業会社の)代表は言う。商売で訪れた数々の国、その港から中心市街地に向かうとわかると。中心市街地から南南西の進路を取ってみると、住宅地が立ち並んでいる。また、中心地から北東には工業地帯が形成されている。世界中のどこに行っても、こうした街並みのようだ」
つまり、街づくりは人間の『帰巣本能』に従って進められている。だから日本も一緒だ。朝日に向かい職場に行き、夕陽に向かい自宅へ帰る。人も鳥も、皆一緒だ。
(「南南西に進路を取れ 新潟市を活かす、場所産業と街づくり」 33頁から34頁より引用)
新潟駅から見て南側の郊外に並び立つ「アークプラザ新潟南店(スーパーセンタームサシ新潟店)」と「イオンモール新潟南店」。その開発秘話を綴った「南南西に進路を取れ 新潟市を活かす、場所産業と街づくり」(著者・平松勝)が8月2日、アメージング出版より刊行された。
著者の平松氏は同地域で40年以上営業してきた不動産業者。上記の引用は、彼がサラリーマン時代に上司から聞いた言葉だ。若き日に聞いたこの言葉が、のちに行うまちづくりの指針を定めることとなった。
「アークプラザ」の開発が始まったのは今から約30年前の1992年、「イオンモール」はその数年後。当時の平松氏にとって初の大事業であったが、その道のりは険しかった。人間関係渦巻く百近い地権者を取りまとめる必要があっただけでなく、建設予定地に農振地域が含まれていたために担当の行政は頑として首を縦に振らなかったのだ。
しかし平松氏は言う。「私たちと地主は開発において決して敵ではない」、「行政も私も、農地を守り、まちを良くしたいという気持ちは変わらない」。10年近い歳月をかけ信条と理念を伝えつづけた先にあったのは、知っての通り、現在も多くの人で賑わう二大商業施設の完成という平松氏の粘り勝ちだ。
書店を見渡せば、「○万円稼いで早期退職」のようなタイトルも目立つ。長期化した不景気とイデオロギーの喪失によって、「仕事」への不信感は伐採不可能なほどに育まれた。しかし、現在の生活基盤も娯楽も、過去の誰かの仕事と苦労の上に成り立っているのは疑いようのないことだ。
本書では正に、鳥屋野潟周辺、いや新潟市の生活基盤の一つができるまでの物語だ。そしてそれは、単なる苦労話や不動産業における交渉のハウトゥーだけではなく、常に上記に示したような平松氏の「まちづくり」理念と共に語られる。
40年以上、地元の利便性向上とさらなる発展を考えつづけてきた男の「南南西」論は熱い。その熱の籠った本書が、情熱を失った社会に再び火をつける契機となることを願う。
「南南西に進路を取れ 新潟市を活かす、場所産業とまちづくり」は、1,650円(税込)。書店ほか、Amazonやhontoなど各種通販サイトで販売中。
(書評 鈴木琢真)
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