【長岡新聞】新潟県長岡市内各地で祈り 平和の尊さを次の世代へ繋ぐ 長岡市高級平和の日

参列者による黙とう

 

平和祈念式典

復興は先人たちの不撓不屈の精神のおかげ

アオーレ長岡アリーナではこのほど、「平和祈念式典」が開かれ、戦争殉難者遺族関係者をはじめ、空襲体験者、市内諸団体、市内小中学生など660人が参列した。黙とうを行い、長岡空襲殉職者1,488人と長岡市出身の戦没者8,996人に哀悼の意を表した。

空襲から78年。先人たちは悲しみに暮れる間もなくすぐに立ち上がり、並々ならぬ努力を重ねて復興を成し遂げた。

長岡市の磯田達伸市長は「県内唯一の大規模戦災都市の責務として、これからも長岡空襲の悲惨さや平和の尊さを強く発信し続け、世界恒久平和のためにたゆまぬ努力を続けていくことを、戦争で亡くなられた方を復興に尽力された先人へ誓います」と述べ、続いて長岡市議会の加藤尚登議長があいさつし、その後、献花が行われた。

献花には市長、議長、金井勲・長岡市連合遺族会会長、金沢茂・長岡空襲殉難者遺族、大原興人・長岡市非核平和都市宣言市民の会代表、白井啓太・県教職員組合長岡支部執行委員長、小学生代表の阪之上小6年・伊藤優杜さん、中学生代表の北中学校3年・反町結さんが花を捧げた。

空襲体験の語り手が当時7歳だった谷芳夫さん

空襲体験の語り手には谷芳夫さん(86歳)が登壇。谷さんは当時7歳。表町国民学校2年生だった。

谷さんは「いつも家族をまとめてくれていた兄が不在で気がゆるみ、ぐっすり寝ていた夜に空襲にあった」と語り、「家から必死で逃げたが家族と離れ離れになった。それが母との最後の別れになった」と話した。

その一方で、「花火のように破裂する焼夷弾を何も考えずに見ていた」など、生々しい実体験を語った。

「小中学校で体験を語る活動をしているが、その時の子どもたちの真剣な眼差しや率直な質問・感想が嬉しい。後日届く感想文や礼状からも、平和について本気で考えている姿が感じられて嬉しい」と話し、「小中学生が平和学習の一環で発表する劇にはいつも感動する」と述べた。

そして「このような式典を行なってもらえること、市内小中学校で平和学習を取り上げてもらえることがありがたい」と感謝。「子どもたちがこの学びを、この気持ちを、大事にしてくれることを私は願っている」と話した。

非核平和都市宣言の朗読も

長岡市は1984年に「非核平和都市宣言」を議決している。今回の式典では、「青少年姉妹都市交流プログラム」参加者代表として鹿島学園高等学校3年生の佐藤春花さんが同宣言を朗読した。

また、8月6日の広島平和記念式典に出席するため、長岡市から派遣される市内中学生が紹介された。代表として熊倉茉結子さん(新潟大学付属長岡中学校3年)が「平和の誓い」を述べ、小林桃菜さん(旭岡中学校3年)、柄澤亮聖さん(北辰中学校3年)には、表町小学校6年生の松本昴樹さんと小出陽菜さんから折り鶴が託された。

長岡新聞 8月10日号】

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