【ビズテイル#2】―リーダーの光と影―「無給のため、地面のアリや雑草を食べていた……」バイオポリ上越(新潟県上越市)の武田豊樹(たけだとよき)代表取締役
新潟のビジネスの舞台裏、そこには熱きリーダーたちの「光」と「影」が交錯する。本シリーズ「ビズテイル ―リーダーの光と影―」では、彼らの真実の声を紐解きながら、経営の現場での戦いの記録を追います。
今回の主役は、株式会社バイオポリ上越(新潟県上越市)の武田豊樹(たけだとよき)代表取締役。彼のリーダーとしての旅を、共に辿りましょう。
【プロフィール】
武田豊樹(たけだ とよき) 大学卒、欧州MBA 。プラント建設会社勤務 趣味は微生物生態系、肥料の研究、農作業。
新潟県上越市元副市長である大野孝氏が代表取締役社長を務め、2003年に設立したアグリフューチャー・じょうえつ株式会社(新潟県上越市)がその後経営破綻して、新会社の株式会社バイオポリ上越(新潟県上越市)が2011年に事業を引き継いだ。
東京都の会社でバイオポリ上越の外部コンサルタントをしていた武田豊樹氏は、バイオポリ上越の設立2年目に招聘され、東京都から新潟県上越市に移住してきた人だ。バイオポリ上越は会社設立以来、古米などからバイオマスプラスチックを製造し、上越市指定のごみ袋を年間200t生産している。
当時は売上高が1億3,000万円で、損益は6,000万円の赤字だった。当時は古米から作るプラスチックで上越市のごみ袋の受託があったほか、積み木などのおもちゃのプラスチック、土木資材の原料を作っていた。
「電気を止められて、何も作れなくなった」
「キャッシュを入れても入れても、流出が止まらなかった。会社を再建するには時間稼ぎのためのお金が必要だったが、そのお金も尽きてしまった。製造業であるのに電気を止められて、何も作れなくなった。そこで社員たちは初めて『社長が言うのは本当だったんだ』と分かってくれた」と武田代表取締役は当時のひどかった状況を回想する。
社員には当然ながら給料を払っていたが、武田代表は経営者としての責任という側面から、社長就任から黒字転換するまでの4年間は無収入だった。ここまでは創業間もないベンチャー企業の経営者などにはよくある話かもしれない。
だが続けて、武田代表は衝撃的なことを口にした。
「最後の2年間くらいは、地面のアリや雑草を食べていた。結婚はしていたが、家内とは別会計で、迷惑をかけないように、貧乏生活は自分だけにしていた。また、カラスを追い払って、柿の取り合いもした。体は当然ながらガリガリだった。アリは酸っぱくておいしいんだ」。
現代の日本にあって何ということか、である。
「この技術を潰してはいけないという気持ちがあった」
そこまで武田代表を駆り立てたのは一体何なのか。その点について武田代表はこう話す。
「今はバイオマスプラスチックは儲かると言っていろいろな会社が参入してきたが、当時は日本で約20社のバイオマスプラスチックの会社ができたものの、そのほとんどが倒産した。この技術を潰してはいけないという気持ちがあった。絶対必要になる会社だと思っていた」。
まさに情熱である。
現在、米のバイオマスプラスチックの技術を有する会社は、バイオポリ上越のほか、新潟県南魚沼市の企業、京都府の企業の3社のみとなっている。
バイオポリ上越は2017年に約900万円の最終利益が出て、黒字転換した。黒字転換してから武田代表も役員報酬をもらうようになった。社員数は当初30人いたが、自然減で20人までに減っていた。ただし、黒字転換するまで、社員の賃下げは一切しなかったという。
具体的な赤字体質解消法はというと、製造管理をしっかりすることだった。これまでは、記録を付けていなかったり、製造方法(レシピ)の指示を勝手に変える人がいたりしたので徹底して改めた。加えて、倉庫には不良品の山だったため、在庫のロス率を計算して不良品を減少させたほか、少ない人数でテキパキ動くことを徹底させたという。
「潰れそうなときは何度もあった」
武田代表は「以前は不良品が出れば全部捨てて、また最初から作り直していた。原料がどんどん無駄になっていた。作りながら記録を付けるのは作業者にとっては負担が増えるのだが、記録しないと自分でどれだけうまくやっているかが分からなくなる。不良率が上がってしまったら、作り方を変えてみようとかということができる」と話す。
また、「ある知り合いの女性社長さんに『助けて下さい』と頼んだら、説明する前から、化粧ポーチにぎっしり封のついた500万円を入れてきてくれて、即貸してもらったこともある。運転資金に使い、これで年が越せたことがあった。銀行からの融資もあったが、追加融資はできない状況だった。潰れそうなときは何度もあった。ベンチャー企業で上場した社長さんに頼み込んで資金を貸してもらったりもした」とも語った。
日本でも数少ないバイオ技術を持つバイオポリ上越は、東京都から来た情熱家の経営者によってよみがえったのである。
武田代表は無給時代、体がガリガリになりながらも何とか飢えをしのいだ。そのつらさを支えたのは、古米からプラスチックを作り出すというバイオマスプラチックというニッチで高度な技術を何としても絶やしてはいけないという強い想いである。
まさに、武田代表の執念というほかはあるまい。
(文・撮影 梅川康輝)
【第1回】
【ビズテイル#1】「積み上げたものがどんどん崩れていった・・・」人材派遣業DearStaffの深見啓輔(ふかみけいすけ)代表取締役 ―リーダーの光と影―(2023年10月6日)
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