米山隆一の永田町を斬る「核シェアリング論は現実的か?」

1.2月24日にロシアが一方的にウクライナの侵略を開始した3日後、安倍元総理が「日曜報道THE PRIME」に出演し、同番組のレギュラーコメンテーターの橋下徹氏とともに、「日本でもNATO加盟国の一部(ベルギー・ドイツ・イタリア・オランダ・トルコ)で行われている核共有の議論を行うべきとの意見を表明しました(参照)。

これについて、立憲民主党の田島議員が3月2日の予算委員会で質問したところ、岸田総理大臣は日本は「非核三原則」を堅持し、核共有は認められない旨答弁したのですが(参照)、すると今度は日本維新の会の代表松井大阪市長が、「超党派で議論すべきだ」との主張を掲げ、3月3日には外務省に党として「核シェアリングの議論を開始する」事を求める緊急提言を出すとともに(参照)、同党の足立康史議員が憲法審査会において「考えさせず、語らせず、持たせず、作らせず、持ち込ませず」の非核5原則になっているのはおかしいと発言するなど(参照)、日本維新の会が核シェアリングについての議論を強力に進めようとしています。

また自民党も、世耕弘成参院幹事長が「政府がやらなくても、自民党を含めていろんな場面で議論する必要がある」とするなど(参照)、態度は必ずしも明確ではありませんが、核シェアリングを進める立場だと考えられますので、無所属の一国会議員として、「核シェアリングは現実的か?」を論じたいと思います。

2.まず、そもそも「核シェアリング」とは何かですが、実の所日本維新の会が何をもって「核シェアリング」といい、何を議論しようと言っているのか、当の日本維新の会が明らかにしていないので、正直よくわかりません。

しかし、恐らくは現在NATOが行っている核シェアリングの事を指していると思われるので、これについて説明します。

1970年代の東西冷戦華やかなりし頃、ソ連やその衛星国に配備された核兵器に対抗する為に、アメリカは、NATO加盟国のドイツ・イタリア・ベルギー・オランダにアメリカが所有する核兵器を設置しました。この核兵器は、アメリカ軍により防衛され、核兵器を起動する暗号コード(いわゆる「核のボタン」。実際には暗号を打ち込むのであり、ボタンを押すわけではない。)はアメリカの管理下にあります。戦争が始まった場合、この核兵器は参加国の軍用機に搭載されて運搬されますが、核兵器自体の管理・監督はアメリカ空軍弾薬支援戦隊(USAF Munitions Support Squadrons)により行われることになっています。この核戦力の行使はNATOの総意とされていますが、敵地領土への最終的な判断はあくまでアメリカにあります。その為たとえ他のNATO加盟国全てが同意しても、アメリカが拒否すれば敵領土へは核兵器は使用できません。逆に侵略されて領土が敵軍に占領されている場合は、侵略された領土の政府の許可が必要となります(Wikipedia)。

維新が言っている「核シェアリング」がこの、現在NATOが行っている核シェアリングの事を言うなら、成立時期の違いがあるにせよ、現在もNATOが行っている以上認められる可能性がないとまでは言いません(但し、NATOでの核シェアリングが認められたのは当時の世界情勢から既成事実として認められたところが大きく、後述する通り既にNPT体制が確立している現在、新たに日本が核シェアリングを始める事が認められる可能性は決して高くありません。)。

しかし、仮に認められてもこの核シェアリングは、アメリカが核兵器の使用を決定します。今現在アメリカのICBMの最大射程は1万㎞以上ありますが、ニューヨークからモスクワまでは6700㎞しかありませんし、ロサンゼルスと平壌の距離は9500km、ロサンゼルスと北京の距離は1万㎞です。ロシア、北朝鮮、中国の核による日本への脅威に対して核抑止力を働かせるにはアメリカ本土のICBMで十分であり、日本に核兵器を配備する意義は殆どありません。

この核シェアリングは、核の脅威に対する日本の安全保障上、殆ど無意味と言って過言でないと思います。

3.そうではなく、日本が自らの判断で、アメリカの核兵器を使用できることを「核シェアリング」というのなら、それは、現在、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンの4か国を除く191か国(国連加盟国193か国。日本が認める国196か国)が締結している、核不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)に、ほぼ間違いなく抵触する事になると、私は思います。

まずNPTとは、何かですが、

第9条第3項で
この条約は、その政府が条約の寄託者として指定される国及びこの条約の署名国である他の40の国が批准しかつその批准書を寄託した後に、効力を生ずる。この条約の適用上、「核兵器国」とは、1967年1月1日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう。

として、「核兵器国」をアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国に限定し、

第1条 核兵器国の不拡散義務
締約国である核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造若しくはその他の方法による取得又は核兵器その他の核爆発装置の管理の取得につきいかなる非核兵器国に対しても何ら援助、奨励又は勧誘を行わないことを約束する。

第2条 非核兵器国の拡散回避義務
締約国である各非核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しないこと、核兵器その他の核爆発装置を製造せず又はその他の方法によって取得しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造についていかなる援助をも求めず又は受けないことを約束する。

として、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国以外の「非核兵器国」が、核兵器その他の核爆発装置又はその管理を直接又は間接に受領し、核兵器その他の核爆発装置を製造、取得する事を禁じるものです。

日本が、アメリカの核の使用を決する事ができるのであれば、どう考えてもそれは、少なくとも核兵器その他の核爆発装置又はその管理を行っているのであり、NPT条約第2条に反する事になります。イラク、北朝鮮、イランの例を見る限り、日本は「平和に対する脅威(国連憲章 第7章)」として同様の経済制裁を受け、世界の孤児になりかねません。

そして、もし仮に何らかの理由や外交交渉で日本が単独でアメリカの核を行使できる核シェアリングが認められるとしたら、それは当然他の187か国の「非核兵器国」にも適用されることになります。アメリカの核をドイツやイタリア、ニュージーランド、オーストラリアや韓国も行使できるようになると思われるだけでなく、ロシアの核をベラルーシやシリアも使用できるようになることになるでしょう。それどころか、北朝鮮の核を他の「非核兵器国」が行使する事すら可能になるのですから、外貨に乏しい北朝鮮が、届くか届かないか分からない自国のICBMの「核ボタン」を、大喜びで世界中の独裁国家に売り歩く事態すら想定されます。

それはつまり、NPT体制が完全に崩壊し、実質的に世界中に核兵器がばらまかれるという事です。

4.議論のための議論という事であれば、そのような事態を防ぐために、日本が米国と核シェアリングをしたうえで、NPT条約を改正したり、これに代わる、核兵器の拡散を防止する新条約を締結したりするという事も、考えられなくはありません。しかし改正のためには、締約国の1/3、63か国もの同意を得て総会を開催し、過半数である96か国の賛成を得なければなりません(NPT条約8条1項2項)。それは、決して容易な事ではありません。

また、その改正案や新条約がどの様なものであれ、それは、現在の安全保障理事国である、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国のみを「核兵器国」とする既得権の少なくとも一部を、この5か国から奪う事になります。NPT条約による核兵器保有の独占と安全保障理事会常任理事国としての地位とそれに伴う拒否権は、一セットとなってこの5か国の既得権を構成し、特にアメリカにとっては、アメリカの覇権(ヘゲモニー)を維持する為の中核なのであって、アメリカが賛成するとは、到底思えません。

5. 今仮に、日本が、1990年代の様に世界のGDPの13.6%を占め、当時世界のGDPのシェアが25.6%まで低下していたアメリカにとって、自らのヘゲモニーを維持するに必要なパートナーであったなら、もしかしたらその可能性がないわけでもないのかもしれません。実際1990年代には、日本とドイツを拒否権のない安全保障理事会の常任理事国とするという議論はありました。

また振り返ってみれば、NPT条約が発効した1970年代、アメリカのGDPは31.6%を占め、それに次いでソ連が12.7%を占めていました。だからこそ、アメリカとソ連が対立しつつも相互の既得権を固定化するNPT体制を構築する事が出来たのだと言えます。

ところが現在の日本のGDPは世界第3位の5.6%に過ぎません。1位アメリカ21.9%はもとより、2位中国の18.4%にも遠く及びません。そして国内では、経済の長期停滞と、少子高齢化による人口減少に苦しんでいます。この様な状態で日本が世界の覇権構造に直結するNPT体制の変更を試みるのは、世界と己を知らない「過ぎたる望み」というものでしょう。「核シェアリング」などを議論する時間とエネルギーがあるのなら、まず日本の少子高齢化を止め、経済を成長させるための対策を議論するのが先だろうと、私は思います。

 

結局「核シェアリング」は、それが①NATOが行っているような、アメリカが全ての決定を握るもののなら、新たな抑止力としての意味はなく、②日本が単独で核を行使できるものならNPT体制を崩壊させて世界に核兵器を拡散させる危険が高いものであるだけでなく、仮にそれをしたら日本がイラク、北朝鮮、イランと同様の経済制裁を受ける可能性すらあり、何より、③NPT体制の崩壊をきたし、自らの既得権とヘゲモニーを損なう事になるアメリカが合意する理由のないもので、凡そ合理性も、実現可能性もあるとは思えない、ものなのです。

私は、この様な、「核シェアリング」の議論は、したい人がするのはそれは自由ですが、国として時間をかけるようなものではないと思います。そして、このような議論を国会で行う事を再三にわたって要求し、選挙の争点としようなどと繰り返し主張し続ける「識者」「議員」「政党」が実現したいのは、日本の安全保障の向上でも、世界平和の実現でもなんでもなく、ただ単に、世間の耳目を引く言論で注目を集める事に過ぎないのではないかと思います。

 

米山隆一
1967年新潟県生まれ、1986年灘高等学校を卒業、1992年東京大学医学部を卒業。1999年独立行政法人放射線医学総合研究所勤務、2003年ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究、2005年東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講、2011年医療法人社団太陽会理事長就任、2011年弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士に就任、2016年新潟県知事選挙に当選、2021年衆議院議員選挙に新潟5区から当選。1992年医師免許を取得、1997年司法試験に合格、2003年医学博士号を取得( 論題「 Radial Sampling を用いた高速 MRI 撮像法の開発」)

こんな記事も

 

── にいがた経済新聞アプリ 配信中 ──

にいがた経済新聞は、気になった記事を登録できるお気に入り機能や、速報などの重要な記事を見逃さないプッシュ通知機能がついた専用アプリでもご覧いただけます。 読者の皆様により快適にご利用いただけるよう、今後も随時改善を行っていく予定です。

↓アプリのダウンロードは下のリンクから!↓