米山隆一の永田町を斬る「『侮辱罪厳罰化』への反対と、対案『加害目的誹謗罪法案(仮)』の提出」
1.木村花さんの事件や、子供たちのLINEいじめなどで近年クローズアップされているインターネット上での誹謗・中傷対策として、去る3月8日、従前「拘留又は科料」とされていた侮辱罪の法定刑を「1年以下の懲役もしくは禁固もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」とする侮辱罪の厳罰化法案が閣議決定され、今国会で審議される予定となっています。
ところがこの「侮辱罪厳罰化法案」は極めて問題の多い改正案ですので、その問題点を示すとともに、私も中心的に関わって作成中の立憲・無所属会派の代案「加害目的誹謗罪法案(仮)」について解説させていただきたいと思います。
2.まずもって、「侮辱」というのは、「他人を低く評価する価値判断を表示する事」とされていますが、それ自体相当程度に広い概念です。個人名を上げて恐縮ですが、「安倍総理は到底総理大臣の器ではない。」「米山隆一氏に衆議院議員の資格はない」が、「侮辱」の要素を含んでいる事は、多くの方がご了解頂けるところだと思います。批判は多くの場合、相手を低く評価しますから、政治家に対するものを筆頭に、批判の多くが、「侮辱」となってしまいます。
勿論そのこと自体は、今までの侮辱罪でも変わりはありませんでした。しかし今迄侮辱罪の法定刑は拘留もしくは科料のみでした。拘留は「1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置する刑罰(刑法16条)」なのですが、懲役と異なって作業に従事させられることはなく、正直刑罰としてあまりに効率が悪いためか、法務省が統計を公開している2016年以降で、侮辱罪でこの刑罰を科された人はいません。科料は千円以上1万円未満とされており、毎年30人弱の人が侮辱罪で科料を科されていますが、「前科が付いた」という意味が大きく、それ自体が大きなダメージとは言えないでしょう。つまり今までの侮辱罪の法定刑は、事実上「1万円未満の科料」に過ぎなかったのです。
これに対して、侮辱罪厳罰化法案では、侮辱罪の法定刑を「1年以下の懲役もしくは禁固もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料」と一気に厳罰化します。法定刑が「3年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金」である名誉棄損罪では、年間150~180人程度の人が有罪とされ、そのうち10~20人程度が懲役刑を科せられています。政府の侮辱罪厳罰化法案が成立した場合、政治家を批判して懲役刑を受ける事が現実のものとなりかねないのです。
侮辱罪厳罰化の影響は、これにとどまりません。刑事訴訟法199条1項は、
刑事訴訟法199条1項
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、30万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、2万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
と定めていますので、法定刑が「拘留又は科料」である従来の侮辱罪では、「定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合」以外は逮捕されることはなかったのですが、政府の侮辱罪厳罰化法案が成立して懲役刑が加わると、逮捕が可能になります。又、「拘留又は科料」のみの罪については教唆犯、幇助犯は原則として罰せられないので(刑法64条)、今迄侮辱罪の教唆犯、幇助犯は罰せられなかったのですが、こちらも厳罰化によって刑罰が科されることになります。
そうすると、デモで誰かが「安倍総理は総理の器ではない!総理をやめろ!」と叫んだだけで、隣で歩いていただけの人も、侮辱罪の幇助犯として逮捕されるという事が、起こりうることになります。
実際、自民党の「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT」座長の三原じゅん子氏は、自身のTWで、「何度も書いていますが、批判と誹謗中傷の違いを皆さんにまず理解して頂く事が大切。まして政治批判とは検討を加え判定・評価する事です。何の問題も無い。ご安心を。しかし、政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無いですよね。」などとして、政権が「批判を超える」と認定した政治家に対する誹謗中傷は、侮辱罪の対象となることを示唆しています。
3.このような政府の侮辱罪厳罰化法案の弊害に対する危惧については、「名誉棄損罪は『3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する』とされているが、そのような事になっていないから大丈夫だ。」という反論が、ありえます。
しかし、名誉棄損罪(刑法230条)には、第230条の2で、
第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)
1.前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2.前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3.前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
と定め、公共の利害に関する場合の特例が定められており、公務員又は公選による公務員の候補者(公務員、政治家および候補者)に関する事実に関する名誉棄損は、真実である(もしくは真実と信じるに相当の理由がある)ことの証明がなされた場合は、名誉棄損罪が成立しない事とされています。
実際この条項があることによって、公務員、政治家、候補者に対する批判の殆どは、一見すると名誉を害するものであっても、名誉棄損罪には該当せず、民事の賠償責任も負わないとされてきました。
これに対して侮辱罪には明文上このような条項が定められておらず、上述の危惧がそのまま現実となる可能性は決して低くありません。
4.このような政府の侮辱罪厳罰化法案の弊害に対する危惧に対しては、「危惧は危惧として、しかしインターネット上の誹謗中傷を罰しなくていいのか?」という反論も又、ありうると思います。
私も弁護士として、妻であるタレント・室井佑月に対するインターネット上での誹謗・中傷に対する訴訟を行っていますので、処罰の必要性があることは分かります。
しかし、そもそも、「侮辱」を重く罰する事でその要請に十分こたえる事はできないと思いますので、以下説明します。
まずもって「侮辱」と「誹謗・中傷」は、似て非なるものです。
例えば「侮辱」の例として再三示している
「安倍総理は総理の器ではない」
が、「侮辱」であるのは間違いないとして、「誹謗・中傷」かと言われると、疑問を感じる人も少なくないでしょう。
一方で、インターネット上で時に投げつけられる
「死ねばいいのに」
「いつ自殺するの?」
が「誹謗・中傷」であることに異論がある方はそれほど多くないと思うのですが、これが「侮辱」かと言われると、「他人を低く評価する価値判断を表示する事」といえるのか疑問が残ります。
勿論刑法を始めあらゆる法律は、言葉の解釈次第ではあるので、何でもかんでも「侮辱」と解釈してしまえばいいという議論もできるにはできますが、刑法231条は、
刑法231条(侮辱罪)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
と定めており、侮辱罪に該当するには「公然」と行う事が必要です。又侮辱罪は従来「事実を摘示せずに人の外的名誉を侵害する犯罪」とされていていますので、その解釈を突如変えるのは困難です。すると、SNS上で公然と行うものではない、LINEや、ダイレクト・メッセージ、電子メールなどによる「死ねばいいのに」「いつ自殺するの」と言った1対1もしくは少数者間での誹謗中傷は、政府の「侮辱罪厳罰化法案」によっても、処罰の対象にならないことになるのです。
5.これらの諸問題を解決するために、立憲民主党・無所属部会では、私も中心的に関わって、「公然性」を要件とせず、処罰対象を端的に「誹謗」とする「加害目的誹謗罪(仮)」を創設して、インターネット・SNS上の誹謗中傷を取り締まる要請に正面から答える対案「加害目的誹謗罪(仮)法案」を作成しています。この「加害目的誹謗罪(仮)」には、公共の事実に関する特例を設け、法定刑は拘留・科料に止めることで言論の自由を守る事としています。具体的な内容は、現在検討中でまだ公開できませんが、今国会では是非、自民党の「侮辱罪厳罰化法案」と、立憲・無所属会派の「加害目的誹謗罪法案(仮)」を比較し、どちらがより国民の要請に答え、国民の利益を守るものか正面から議論を挑み、自民党の「侮辱罪厳罰化法案」を廃案に追い込み、「加害目的誹謗罪法案(仮)」を成立させたいと思います。
6.私も中心的に関わっているこの法案が、実際にどのような形で国会で審議され、どの様な結果を生むか、現段階では確定的な事は言えません。
しかし、野党はこの法案に限らず、多数の法案を出しており、「野党は反対ばかり」では全然ないし、与党・自民党は、「侮辱罪厳罰化法案」に限らず、普通に考えて様々な悪影響がある法案を、数の力で押し切っており、「与党・自民党に任せておけば安心」では全く事実でない事は、より多くの人に知って頂きたいと思います。
余談になりますが、去る4月1日、新潟県内で圧倒的なシェアを誇る紙媒体の新聞の東京記者が、私のTWでのエイプリールフールの冗談を真に受けて取材を申し込まれ、勘違いに気が付いた当方から「冗談ですがそれでもいいですか?」とお伝えしたのですが、それでも良いという事で取材に来られました。この時私はわずか数日で作り上げたこの「加害目的誹謗罪法案(仮)」の詰めに追われて多忙を極めていましたが、この記者はそんな事には何の関心もないようで、エイプリールフールの冗談について延々と質問をし「米山氏は新党設立を撤回した!」としたうえ、わざわざ「余程暇だったのだろう」という新潟県選出の国会議員のコメントまでとって記事を書かれました。
「政治家が自らの進退について冗談を言いうとはけしからん!」という自分の固定観念にとらわれて、私が何をしているのかには全く何の関心もなかったのだと思いますが、そのような固定観念にがんじがらめになった記者の思い込みを語るだけの紙媒体の新聞が、取材される側の政治家の主張を柔軟かつタイムリーに読者に伝えられるにいがた経済新聞の様なWEB媒体にとってかわられる日も、そう遠くないのかもしれません。
米山隆一
1967年新潟県生まれ、1986年灘高等学校を卒業、1992年東京大学医学部を卒業。1999年独立行政法人放射線医学総合研究所勤務、2003年ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究、2005年東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講、2011年医療法人社団太陽会理事長就任、2011年弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士に就任、2016年新潟県知事選挙に当選、2021年衆議院議員選挙に新潟5区から当選。1992年医師免許を取得、1997年司法試験に合格、2003年医学博士号を取得( 論題「 Radial Sampling を用いた高速 MRI 撮像法の開発」)