【三浦展の社会時評】 第2回 「DXはコストカットだけか」
最近DX、DXとうるさい。デジタルトランスフォーメーションのことである。トランスフォーメーションというのは変形、変身という意味で、変身ロボットはトランスフォーマーというらしい。
要するに企業活動をできるだけデジタル化すると良いことがあるぞということだが、その良いこととは、大概コストカットにすぎず、あまり消費者にメリットがあるように思えない。ついでに従業員にもメリットがないように思える。
たとえばドラッグストアなどで会計をするとき、従来なら現金のやりとりだった。これが今はだいたいお店ごとのアプリを見せろという。するとポイントがつくとか、今週はポイントが2倍つくとか、いろいろ特典がある。特典があるのはいいが、アプリを立ち上げるのに数秒かかる。顔認証がうまくいかないと30秒以上かかることもある。なんとか立ち上げてバーコードをスキャンしてもらうが、これが必ずしもうまくいかない。画面が暗いとか、別のバーコードだとかで、また10秒かかる。
やっとスキャンがおわると、その店のポイントの他に別のポイントをためていないか聞かれる。そのアプリをまた立ち上げる。そこでまた10秒かかる。これで終わりかと思うと、肝心の支払いが終わっていない。これで支払いが現金だったら何だかおかしいのでクレジットカードを出す。カードを端末に挿して暗証番号を入れて、間違ったりするとまた30秒かかる。なんだかんだで最低2分くらいかけないと支払いが終わらないのである。この間客はうろたえ、従業員はイライラする。
先日など、以上の行為はうまく行ったのだが、スマホ上のルーレットをすると10%割引になるというので、20秒くらいルーレットをさせられた。そのあいだ私の後ろには行列ができている。
テレビCMでは、財布の中の小銭を探して時間のかかる客の後ろに列ができてしまうから、キャッシュレスにしようと言っているが、実際はそうなっていない。むしろスマホ操作で行列ができている。昔なら現金で払ってスタンプカードにポンポン押して終わりである。もちろんカードをなくすことはあったが、いくらたまっているかわかりやすいし決して不便ではなかった。
DXにしたら何が便利なのだろう。消費者の時間という意味では便利ではない。従業員も便利ではない。じゃあ誰が便利かというとドラッグストアの本社であろう。売上げの管理、ポイントの管理がやりやすく、従業員やその労働時間を減らせる。また企業は消費者の行動をつかめる。マーケティングに使える。ドリンク剤をいつも買う中年男性にはもっと強力なドリンク剤を勧めたりできる、ということであろう。だが現場の従業員はほとんどが非正規雇用である。つまり本社の合理化のために客と非正規雇用がいらいらさせられ、苦労させられているのだ。
実際それで客は便利になったのか。快適になったのか。給料も上がらないし、物価は上がるので、10%割引クーポンをもらえるとうれしいが、それにしてもレジでの作業が面倒すぎないかと私は思う。そもそも割引する前の売値を最初から下げてはどうかとも思う。
洋服を買ったときも、お店独自のアプリに入れ、入れば2000円得だなどと勧誘される。2000円は大きいから、じゃあ入ると言うと、氏名、生年月日、カード番号、暗証番号などを入れるのに5分か10分かかる。
最近は銭湯や町中華でもスマホをかざしてナントカペイで支払う人がいる。これも少しばかりポイントになるらしいが、私のような昭和のおじさんとしてはラーメン一杯食べただけでキャッシュレスで払うなんてのは逆にかっこ悪いというか、粋じゃないと感じる。ごちそうさんっと言って千円札を出すと、店員がありがとございますっと、吊してあるザルから小銭のお釣りが支払われるほうがうれしい。
ただし物は考えようで、スマホ決済に戸惑う客がいても、愛想の良い従業員は丁寧に応対してくれることがある。現金であれキャッシュレスであれ、すばやく決済が終わるとコミュニケーションがなくなるのに、スマホでのデジタル決済で戸惑うがゆえに、むしろ客と店員の間に人間的な会話が生じることもある。だとしたら経営合理化という面からは矛盾であるが、社会としては楽しいかもしれないとも思う。
三浦展(あつし)
1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。