「新潟は航空の過疎地という現実 」えちごトキめき鉄道株式会社 代表取締役社長 鳥塚亮
前回は上越新幹線開業40周年というお話をさせていただきました。
新潟県は有り難いことに40年も前から県庁所在地に新幹線が来ていて、新潟県民はそれが当たり前だと思っているようですが、日本海側の富山、石川、福井をはじめ、JRになってから新幹線が開通するような地域は、それと引き換えに在来線を自分たちでやらなければなりません。上越新幹線で言うと上越線の土樽か土合から新潟までがトキめき鉄道のような並行在来線になるわけですが、並行在来線を負担することなく新幹線を手に入れられたということは、これは実にラッキーなことであり、郷里に大きな富をもたらした偉大なる先人に感謝をしてもしきれないと私は考えます。
さて、新幹線と引き換えに新潟県が失ったものがあります。それは首都東京への航空便です。
今でこそインバウンド誘客だLCCだと言われる時代になりましたが、昭和50年代当時はまだまだ航空が一般的ではありませんでしたので、新潟県民にとってみれば新幹線が来れば飛行機は要らないということだったのでしょう。要らないと宣言したわけではなく、その路線を守ろうとしなかったことで航空会社は新潟と東京を結ぶ路線から撤退しました。
写真は1975年の東亜国内航空(日本エアシステム→その後日本航空に合併)の時刻表ですが、新潟からは東京便が1本、大阪便が2本飛んでいました。
このとき国鉄は特急「とき」が1日13往復、急行「佐渡」が夜行を含む1日4往復設定されていましたので、当時の航空のシェアは鉄道とは比べ物にならない低い状況でしたが、航空便が廃止されたことにより、その後の日本での国内航空の爆発的な需要の伸びから新潟は縁がなくなってしまいました。
同じように新幹線が開通して東京から2時間台となった例としては北陸新幹線の富山がありますが、開業前に私は富山県庁から依頼を受けて「新幹線開業後の東京便の維持」についてアドバイスをさせていただきました。
その時の私は新幹線が開通しても航空便は維持するべきだと進言させていただきましたが、その理由は、
・首都を結ぶネットワークはダブルトラックであるべきだ。
・富山県民が首都へ行く需要のみではなく、首都圏から富山に来る需要を考えるべきだ。
・航空輸送は旅客だけではなく物流としても重要だ。
・新幹線は逃げられないけど飛行機は逃げるので、守るべきは飛行機である。
など航空路線を維持する必要性をお話しさせていただきました。
県庁所在地と首都を結ぶ交通が新幹線1本よりも飛行機とダブルトラックである方が誰が考えても良いに決まっています。まして新幹線は地面を走りますから、例えば群馬県内でからっ風で農業用ビニールシートが飛んできて架線に絡まっただけで止まってしまいます。途中どこかで線路が被害を受けたり地震が発生したというだけで運行できなくなります。
ということは、埼玉、群馬、長野、新潟の各地に富山県の交通が首根っこを握られていると考えることができます。
これに対して飛行機は途中の状況は関係ありません。羽田空港と富山空港の2か所のお天気が運航可能な状況であれば、途中で何が起きようと交通が確保できるというのが利点です。
また、これは意外に知られていないことですが、鮮魚などの貨物を飛行機で運ぶ利点というのがあります。
「トラックがあれば十分だろう。」と言われる方も多いと思いますが、それは国内貨物の話であって、例えば氷見であがった寒ブリを羽田行きの最終便に乗せると、24時間空港である羽田からは中国や東南アジア方面へ深夜の貨物専用便が飛んでいますから、それに接続できる。そうなると翌朝には北京や上海、香港、シンガポールなどに氷見の寒ブリが到着するのです。
これが新潟県にはできないけれど富山県には可能な高級特産品の航空輸送であるのですが、そんなことがあって結果として富山県は航空便の維持を決めました。
つまり、新幹線は逃げられないけど、航空便はすぐに逃げるので、守るべきは航空路線ということです。
で、どうしたか。
空港利用の各種振興策を打ち出したのはもちろんですが、知事の東京出張を基本的に航空機で行くとしたのです。
そうなると航空会社も考えますよね。そして、航空会社は撤退するどころか、始発便と最終便にはプレミアム座席が付いた機体を充当して運航を継続したのです。
知事の東京出張はいつあるかわかりませんが、たいていは始発便か最終便でしょうから航空会社は富山を隅に置けない対応をしたのです。
昨今はコロナで減便されているようですが、新幹線開業から8年が経過する現在でも羽田―富山便は維持されているのは、そういう富山県の交通政策のたまものなのです。
さて、新潟県は40年前ですから今のように航空輸送が当たり前の時代ではありませんでしたので、当時の交通政策担当者がそこまで注目しなかったのは容易に理解できることですが、同じように新潟県民の皆様方にとっても東京へ行くのに飛行機なんて考えられないというのが実際だと思います。
その理由は、新潟県民が東京へ行くということはたいていの場合は都心23区内近辺か、あるいは浦安のディズニーランドというのが主な目的地だと思います。そういう皆様にとっては都心まで直接乗り入れる新幹線が便利なのは理解できます。
では、逆に考えて東京の人たちが新潟へ来るということはどういうことでしょうか。東京の人たちというのは都心に住んでいる人ばかりではありません。都心の人口は昼間の人口としては多いですが、住民としては郊外の方がほとんどです。千葉、埼玉、神奈川、あるいは町田や狛江、立川といった東京都下と呼ばれる人たちが数千万人住んでいます。
そういう方々が旅行へ行かれる場合、電車で都心へ出ることはなかなか大変です。大きな荷物を持って満員電車に揺られて何度も乗り換えをしなければなりません。そしてやっとたどり着いた東京駅、あるいは上野駅から新幹線に乗るのですから一苦労です。
それに比べると羽田空港は周辺地域から直行のリムジンバスが出ていて、多少の渋滞はあるものの完全着席制で居眠りしている間に空港に到着しますから、新幹線に乗るよりもはるかに楽に移動できます。
そして、今の時代には航空運賃はかなりフレキシブルで、LCCともなれば数千円で乗れるのが当たり前です。これに対して新幹線は価格の弾力性が弱いですから旅行者、特に若者たちは新幹線を敬遠し、格安航空券で旅行をする傾向が顕著です。
そういう時に、新潟には成田を含めて東京から飛行機が飛んできていないということは、新潟は旅行先としての選択肢に入らないということを意味するのです。
これが新潟県が航空過疎地であるという最大の問題です。まして今は海外からの観光客にどうやっていらしていただけるかが問われる時代です。新潟は羽田や成田に到着した外国人がそのまま乗り換えて来くることができる場所ではないということが、ある意味致命的な欠点となる可能性があると私は考えています。
これは日本人にはなかなか理解できないことで、新潟県に住んでいる人にはなおさら理解できない、おそらくそういう着眼点すらないことだと思いますが、簡単に考えてみてもおわかりいただけると思いますが、飛行機は1年前から予約ができますね。でも、新幹線は1か月前。それも外国人が海外からインターネットで容易に予約できる環境にはない。
ということは、つまり、飛行機が飛んでなくて、新幹線でしか行けないようなところは旅行の目的地にはなりにくいということになるわけで、外国人ばかりではなく若者たちからも敬遠されてしまうのです。
だって、新幹線で10000円払って新潟へ来るぐらいなら、同じ金額で北海道や沖縄へ行かれる時代ですから、皆さんが東京の人だったらどちらへ行きたいですか。
新潟のライバルは北海道や沖縄など、全国各地ということになるわけで、今の時代はそこに勝ち残っていかれるかどうかが問われているのです。
新潟県の皆様方に「頑張ってください。」と言っても、「じゃあどうしたら良いのか?」と言われてしまいそうですが、今、トキエアーが新潟と東京を結ぶ便を計画しているようですから、その辺りを皮切りに首都圏を結ぶ国内航空路線が再開されるような機運が盛り上がれば、もう少し「新潟へ行ってみよう。」という観光客が増えるのではないかと私は考えます。
自分たちが東京へ行くという観点からばかりでなく、外国人や首都圏の人々から新潟というところがどのように見えるかということを考えないと、近視眼的になってしまいます。
なにしろお客様あっての新潟県でありますから、交通というのがいかに大切か、もう一度皆さんで考えていただく必要があるのではないでしょうか。
とりあえずトキエアーを皆さんで応援しましょう。
鳥塚亮
1960年東京都生まれ。明治大学商学部を卒業後、外資系航空会社に就職。2009年に公募でいすみ鉄道社長に就任。2019年、公募でえちごトキめき鉄道の社長に就任。鉄道に関する著書も2冊ある。
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