観光論「新潟県で唯一無二のものは何か」 新潟県元副知事・中国運輸局長 益田浩
第5回から観光について述べてみます。昨年の秋頃、島根県隠岐の島町の方と話していると、NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が話題になり、「早く承久の乱にならないかなぁ」と目を輝かせていました。承久の乱の後には、後鳥羽上皇が隠岐の島に配流されたため、隠岐の島での生活の様子がドラマで放映されれば、観光ブームが起こるのではないかとの期待からです。佐渡島にも順徳上皇が流されていますので、同じような期待感があったのでは無いかと思います。残念ながら、いずれにも期待どおりの放映にはならなかったのですが、いろいろなところに観光振興のネタがあるのだなとあらためて感じました。
佐渡島といえば、台湾で人気の観光スポットですが、今年1月17日、台湾のLCCであるタイガーエア台湾が180席のA320機により新潟~台北便を運航開始しています。新潟空港への国際定期便の就航は2020年3月以来、約3年ぶりですね。 新潟県副知事の在任中、国際定期航空便の誘致に努めており、当初、2020年3月に就航予定だったタイガーエア台湾の新潟空港への誘致にも関わっていただけに感慨深いです。
コロナ禍前の2019年に新潟県を訪問した外国人の延べ宿泊者数のうち、1位は台湾で9万人強(約19%)、2位は中国(香港除く)で8万人弱(約16%)、3位は香港で5万人弱(約10%)、4位は豪州で3万人強(約6%)、そのほか、東南アジアから4万人弱(約8%)となっています。このように新潟は台湾で人気の訪問地ですが、なぜ人気なのでしょうか。
私は新潟県への赴任に当たって、観光、特にインバウンド観光に力を入れるよう、当時の知事から指示を受けていました。2017年7月の着任後、担当部局から説明を受け、自分でもデータを調べる中で、新潟県への訪問者数が増加し、11月からファーイースタン(遠東)航空が国際定期路線を就航開始する台湾に注目しました。遠東航空は前年11月から2017年3月まで国際定期チャーター便を運航し、その実績を踏まえて定期路線化することにしたのです。
調査の結果、台湾から新潟県内では佐渡島を訪問していることが分かりましたが、なぜ佐渡島が人気なのか、なかなかその理由が分かりません。新潟県の地方自治体や観光団体が特に台湾でプロモーションを強化している訳でもありません。それであれば、実際に台湾に行って調べてみようと、現地で旅行事業者にヒアリングを重ねたところ、意外にも宮崎駿監督の人気アニメ映画「千と千尋の神隠し」にたどり着きました。同監督のアニメは台湾でも大人気であり、とりわけ「千と千尋の神隠し」はその舞台が台湾の九份ではないかと噂され、大いにヒットしました。
私も九份を訪問しましたが、確かに雰囲気はよく似ています(ただし、宮崎監督は「日本を舞台としている」と発言しています。)。この「千と千尋の神隠し」の後半で、主人公の女の子がたらいに乗って移動していくシーンがあります。台湾で「この変わった乗り物は何だ?」と話題になり、調べたところ、新潟県佐渡島にあると分かり、台湾からわざわざ新潟県を訪問、佐渡へ渡って、たらい舟に乗り、写真を撮ってSNSに投稿していました。ありがたいことですね。ある意味、かなり棚ぼた的な人気ですが、この人気を活かさない手はありません。その後の台湾への観光プロモーションは、佐渡島のたらい舟を前面に出すことにしました。
この経験から、台湾の観光客は、新潟県佐渡島にしかないたらい舟に乗るために、わざわざ佐渡島まで足を運んでくれたと学びました。唯一無二の体験をするためには労を惜しまない外国人観光客がいるという示唆です。佐渡島のたらい舟は長年地元にある観光資源ですが、台湾人観光客にあらためて発見され、かつ、日本人が中心の夏場の観光シーズンに限らず、もっと広い期間にわたって利用され賑わっています。
外国人観光客を誘致するインバウンド観光の振興のためには、まず外国人観光客に興味・関心を持ってもらわないといけません。私がJNTO(日本政府観光局)バンコク事務所長を務めていた頃、タイからの観光客誘致に熱心な地方自治体は現地を定期的に訪問して、熱心に旅行事業者等に対するプロモーション活動を行っていました。残念ながら、新潟県(や中国地方の各県)はその輪の中にいませんでしたが、その話は次回に書くとします。インバウンド誘致にしっかり取り組んでいる地方自治体のポスターには、それぞれ特色がありました。それはエッジというか、フックというか、メリハリを付けて地名を印象づけようとしています。
例えば、長野県のポスターでは、スノーモンキー、同県山ノ内町地獄谷温泉で温泉に入るサルを取り上げていました。長野県には善光寺、上高地、軽井沢など有名な観光地があり、リンゴやブドウなど知名度がある県産品もありますが、あえてスノーモンキーを選んでいるのです。そのインパクトは強烈で、長野の名前は確実に印象に残ります。印象に残り、興味・関心を持ってもらって、自ら調べてもらったり、実際に訪問してもらえれば、他の優れた地元の観光資源も認識してもらえます。最初のとっかかり、きっかけづくりが大事なのです。
富山県では立山黒部アルペンルートの雪の大谷を取り上げ、私が現在住んでいる中国地方では、鳥取県が東南アジアで人気があるアニメ・名探偵コナンのコナン君を前面に出していました。原作を書かれた青山剛昌先生は鳥取県出身であり、同県はコナンの故郷という売込みです。当時の新潟県のポスターは、雪・スキー場、切り花出荷量日本一のチューリップ、いちご、寿司などを前面に出していましたが、残念ながら、海外の訪日マーケットでのプロモーション活動に出遅れていたため、訪日マーケットでは、チューリップは富山県、いちごは福岡県か栃木県、雪・スキー場は北海道や長野県を連想させ、いずれも既に先行した他の地方自治体をPRすることになりかねません。
そのため、新潟県で唯一無二のものは何か、新潟の象徴とは何かを真剣に考えた結果、たらい舟と錦鯉だと思い至りました。画像は、海外の訪日マーケット向けに作成したポスターです。まず、新潟に興味・関心を持ってもらって、調べてみたり、足を運んでもらい、それからゆっくり新潟に沢山ある素晴らしいものを知ってもらえば良いのです。
益田浩
昭和61年3月私立修道高等学校卒業、平成3年3月東京大学法学部卒業。国家公務員Ⅰ種(法律)合格。平成3年4月運輸省採用。平成9年7月運輸省大臣官房人事課付(英国ケンブリッジ大学留学国際関係論)、平成27年7月自動車局自動車情報課長、28年6月大臣官房参事官(税制担当)などを経て、29年7月新潟県副知事。令和2年7月内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局企画・推進統括官、令和4年6月国土交通省中国運輸局長。
【過去の連載記事】
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