【市町村長リレーコラム】第5回 新潟県南魚沼市 林茂男市長《雪へのこだわり》で目指す持続可能なまちづくり
新潟県内30市町村の首長に、地域での取り組みや課題、首長としての想いなどをコラムで寄稿いただき、次に寄稿いただく首長を指名いただく「市町村長リレーコラム」。
第5回は、新潟県湯沢町の田村正幸町長からバトンをつないでいただいた、新潟県南魚沼市の林茂男市長のコラムをお届けします。
原点。「雪」へのこだわり
南魚沼市は、累積降雪量が10m超となることも全く珍しくない、まさに「雪国」です。世界の多くの地域で雪は降りますが、これほどの雪が積もる場所で営々と生活をしているというところは稀有だと思います。平成28年から市政をお預かりしていますが、私が市長選に出たときのスローガンは「若者が帰って来られる、住み続けられるまちに」というものでした。これが今も変わらない私の基本理念であり、それを実現する市政、街づくりの基盤は何よりも「雪へのこだわり」だと思っています。その肝になるのが雪の産業化なのです。
私たちは「雪国」から逃れられない
進学や就職で故郷を離れた若者たち、かつての私もその一人でしたが、彼らが安心して帰って来られる、またはこの故郷に居続けられるにはどうすべきか?そのキーポイントは「雪の産業化」であると発信し続け、その実現を目指すための事業を多角的かつ精力的に推進してきたつもりです。
過去、雪をどう克服するかという「克雪」が雪国最大の悲願でした。昭和の後半期に入ってからは雪をどう利活用するかという「利雪」がテーマになりました。スキー観光がその代表でしょう。少なくとも冬季の出稼ぎは昔のこととなった。しかし、今もって首都圏などへのこの地からの子弟の人口流出は続いています。
今、私たちは何を目指すべきなのか?他力本願でことは改まらない。地域資源である雪の産業化を進めていけば、人口再流入の可能性も夢ではないと真剣に思っています。雪の産業化を言い出してから、「脱炭素社会」や「SDGs」という言葉が一般的に使われるようになりました。自然エネルギー化に貢献し自立する地域づくりに雪国・魚沼エリアは、可能性が大いにあるはずです。
先人の知恵「雪室」がもたらす世界の潮流への道
世界の潮流にかなう雪の産業化の主役は、何よりも伝統的な「雪室」の活用にあると思います。雪室は言わずもがな、冬期間に大量に降った雪を貯蔵する建物で、内部は低温・高湿度に保たれるため、食品の鮮度保存だけでなく熟成効果もあることが学術的にも証明されています。また、雪の冷気を活用した天然冷蔵(房)は、二酸化炭素排出ゼロの超エコタイプのクリーンエネルギーでもあります。技術革新も顕著で、ハイブリッド化など注目は今後さらに高まるでしょう。
これまでも魚沼地域や上越市の先行事例が全国的に知られていますが、例えば南魚沼市では、現在、大規模なものだけでも12棟の雪室が稼働しており、日本酒やワイン、コシヒカリなどの米や根野菜類、食肉などの貯蔵・熟成のほか、冷熱を利用したキノコづくりも行われています。全国屈指です。隣市の魚沼市でも大手食品メーカーが味噌や発酵食材、またチョコレート原料のカカオ豆の熟成工場を建設するなど、目ざましい利用拡大が始まっています。
その熟成効果は、素材を高めるだけではなく、二次製品についても高付加価値によりユーザーの支持を得ています。好調なふるさと納税の多くの品目中、右肩上がりでヒットを続けている多くが「雪室貯蔵・熟成」を銘打ったものです。驚くべきことは、ユーザーは試食をして決めていない、つまり雪そのものが、私たちが思う以上にブランド化していることです。これは、国内に留まらない、特に雪の降らない海外諸国へ徐々に広がりを見せるはずだと思います。
宿命である「雪国」を肯定する
古来より雪はこの地域の人々にとって、母なる存在といえると思います。生活や産業、文化はこれに根差しています。江戸時代の文人・鈴木牧之の『北越雪譜』の世界、米や酒、織物などの多くが雪からもたらされたものであることは地域の多くが理解していますが、しかし「愛憎半ばする存在」でもあるのです。
「つらく、重く、ダサい」。雪を肯定しない見方をする多くの市民の声はこんな感じです。そのために「ここには仕事がない」と、大人たちは子供達にネガティブな言葉を言い続けて来てしまった。それは今も人口流失の底流にあり続けています。私は最近、少子高齢化問題を嘆いたり、人口減を声高に議論する前にすべきことが、改めなければならないことがあるのだと声を大にして言い始めています。自分たちの地域を肯定する言葉を口にしよう、ということです。外側からの見方は違うのです。「美しく、清廉」な雪国イメージなのです。近年、南魚沼市は年間170名を超える移住定住者がいます。その多くが、生活者とは逆に雪を肯定して移り住みはじめています。
真夏の五輪となった東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会や、それに先駆け、数年にわたり、ビーチバレー国際大会などの会場に冬季に貯蔵した雪を運んでデモンストレーションを行ったり、熱中症対策として雪冷熱の効果を環境省に報告・提言するなど、雪を発信する取組を展開してきたのも、市民の意識変革を促したいからでした。
電源喪失にも耐え得る「雪室」群
一方で雪室の冷房機能です。上越市にある安塚中学校の校舎冷房などは素晴らしい先行事例ですが、当市にも新潟県南魚沼地域振興局庁舎の冷房の事例があります。平成14年から、雪を貯蔵し夏に活用する雪冷房設備を導入しています。排出ガスおよび光熱費などの削減は、長期間のランニングコストを含め、トータルでかなりの抑制効果をあげています。
一般住宅での利用も夢ではありません。同時に、各家庭などへの雪のデリバリー事業の需要が高まれば、現在の「除雪」事業だけの形から「集雪・配雪」業を生むこともできるでしょう。長岡市にあるデータセンターでは、サーバーから排出される膨大な熱の冷却化に雪が使われています。燃料費高騰などの課題でコストカットの視点からも注目度が増してくるだろうと思います。
加えて、大規模災害時における電源喪失時にも稼働を続けることができる冷蔵庫を私たちは有していることになります。食糧だけでなく医薬品などの冷蔵備蓄も、さらには酷暑でも起こりえる災害時の拠点化も可能なのです。
ゆくゆくは私たちの雪国圏域に、雪の冷蔵倉庫地帯が広がっている。そのような将来が実現できないか、と本気で思っています。
雪国は「革命前夜」である
現在の首都圏と新潟県を結ぶ関越自動車道、ここに現在進捗中の、港湾を有する上越市から十日町市を経由し、当市に至る上越魚沼地域振興快速道路(以下、上沼道)。近未来、魚沼エリアは関東・北陸地方の出入口として交通の要衝化が大きく進みます。この上沼道は雪国エリアを縦断します。単なる物流拠点以上の存在。そうなってほしいのです。そこに必然的に雇用の場が創出されてゆく。地域からいったん離れていった若者たちが「帰って来られる、住み続けられるまち」となっていく姿。市長に就任以来、「市長は雪遊びが過ぎる」などと揶揄もされました。しかし、めげずに(笑)一貫して雪にこだわり続けているのは、そのためなのです。
子供のころ、家の雪かきや雪下ろしの手伝いをたくさんしました。作業の合間、一服をしている亡父や祖父が、降り続く雪に空を仰いで「この雪を金に換えられたらなあ」と、ため息交じりにつぶやいていたことを忘れません。
私たちが変えていかなければならない。今、雪国人は長い歴史の転換期、まさに「革命前夜」にいるのではないか。そんな風にも思えてなりません。
【市町村長プロフィール】
南魚沼市長林茂男(はやししげお)。新潟県南魚沼市石打出身。1967年5月28日生まれ。大学卒業後帰省、28歳から地元石打丸山観光協会長、旧塩沢町観光協会長などを歴任。2009年より市議、2016年11月に第2代南魚沼市長に就任し、現在2期目を務める。座右の銘は、高杉晋作の辞世「面白きこともなき世に面白く」。趣味はアコースティックギターの演奏(50の手習い)と読書。影響を受けた人は、高杉晋作。
◎次にリレーする市町村長(林市長からのコメント)
村上市の高橋邦芳市長を紹介します。県内市長の先輩として、また全国、世界的な視野の発信力に感服しています。南魚沼市と県内初の2市間のスポーツ連携協定を結ばせていただき、注目の公設スケートボード場や連携性の高いハーフパイプ場など両市で推進してきました。次代のジュニア育成の拠点化を目指し全国組織を協働し進めています。