【三浦展の社会時評】 第9回「ChatGPT」

ChatGPTが話題である。私も試しに使ってみたが、これは使いようによってはかなり面白いと思った。

ChatGPTをGoogleの検索エンジンのように思って、いかに正確に事実を教えてくれるかを評価する人もいるが、私はこれを検索エンジンというよりはヴァーチャルな友達・同僚・部下として使うのがいいと思う。

要するに人間として扱う。すると正確な情報を教えてくれないことはあまり重要ではない。正確な情報だけを伝える人間は少ないからだ。彼の言うことはすべて正しい、彼の情報はすべて間違いがない、という人と私たちは付き合っているだろうか。まずそういうことはないだろう。むしろ、いろいろな話に乗ってくれる人、アイデアを出してくれる人たちと私たちは付き合いたいはずだ。

つまりChatGPTは、物知りな友達だが、不正確にしか知らないこともある友達なのだ。だから人間だとすれば、かなり便利な友達である。なにしろ24時間使える。その意味では部下としては最適ではないか。

最近私は古着市場について調べているのでChatGPTに聞いてみたら的確な答が返ってきた。面白みはないが間違いはなかったと思う。追加で2,3質問をしたが過不足のない回答だった。ぱっと読んで、これはおかしいとか、ここはどうなんだと思ったことは、もう一度考え直してみてと言えば考え直してくれるのだから便利だ。

私は20代の時マーケティングの雑誌を編集していた。27歳からは編集長に抜擢された。編集といっても社員が自分で企画し取材し原稿を書く雑誌だった。スタッフは皆一流大学卒で22〜26歳。優秀だったが、知識には限界がある。それが毎月新しいテーマを調べて記事にする。

たとえば今の私なら、古着特集をするだろう。他にも、現代人の孤独、中国・東南アジア・インド市場の可能性、メタヴァース、タワーマンションの将来性などの記事を部下に書かせるだろう。

だが、それぞれのテーマを専門とするスタッフはいないのだ。毎回ゼロから調べて書くのである。執筆期間は2週間ほどしかなかった。だからみんな毎日深夜まで残業した。

今は働き方改革のためにあまり残業はできない。だから私のつくっていた雑誌は今はできないだろう。よほどやり方を変えないと無理だ。でも情報はネット上に溢れている時代だ。情報の新しさを競うとしたら、印刷メディアでは太刀打ちできない。

すると独自の視点がますます重要になる。私のつくっていた雑誌は独自の視点も売りの雑誌だった。だから電通が80冊、博報堂が50冊、三井不動産が30冊定期購読していた。部署ごとに購読していたのだ。

小さいマーケティング会社もみな購読していて、企画書には私の雑誌の切り抜きを貼り付けていた。私が三菱総合研究所に転職したら、三菱総合研究所のレポートに私の書いた図が貼り付けられていて、がっかりした。これでは転職した意味がないからだ。

だが独自の視点といっても、大学を出たばかりの若手社員が、知識も経験も情報も少ない中で独自の視点を見つけるのは難しい。独自の視点を見つけるためにわれわれは非常に長い時間を掛けてブレストをした。最低三日三晩、40時間以上掛けただろう。そういうブレストをしてやっと独自の視点を見つけ、そこから取材、情報収集、執筆をした。だから毎晩深夜残業だったのだ。

こういう作業がChatGPTによって短時間でできるのではないかと私は思った。2週間くらいかけて、何度も何度もChatGPTに話しかければ、かなり面白い記事がかけるのではないかと期待しているのである。

そうなると編集スタッフはいらなくなる。私の雑誌は12人のスタッフがいた。だがChatGPTさえあれば、12個のテーマを与えても答えてくる。ChatGPT1人で12人分でも30人分でも無限に働く。私はその回答に対して面白い記事になるまで質問を繰り返していけばいいだけだ。

となると問題は質問力である。ChatGPTの回答に対して、どういう質問を繰り返していけるかという能力こそが問われることになる。リアルな人間で言えば、できてきた原稿に対して、ここはどうか、ここをもっと調べて欲しいと要求するようなものだ。

つまりChatGPTを使う上で必要なのは編集長の能力だけだということになる。スタッフは要らないのだ。編集長の能力を持ちうる可能性のある人だけを雇い、現編集長が将来の編集長を育てていけばいいだけ、ということになる。

果たしてそんなことが可能なのか、わからないが、できそうな気はする。やってみる価値はある。

だがもちろん、そうなるとライターになりたいという人はかなり失業する。おそらく、リアルに人にインタビューして、他のライターでは聞き出せない面白い事実を聞き出して文章にできる人だけが人間のライターとして重用されるだろう。だが、単なる事実やありきたりのことしか書けないライターではChatGPTのほうがましである。なにしろChatGPTなら給料はいらないからだ。こんな記事は書きたくないとも言わない。私には無理だとも言わない。疲れたとも言わない。会社辞めるとも言わない。パワハラだとも言わない。誤字脱字もきっとあまりない。素晴らし過ぎる!!

逆に言えば、今活字でもネットでもメディアに溢れている情報がいかに「ありきたり」なものばかりか。メディアだけが増えて書き手が足りないので、コピペしたような情報しかない。まとめサイトと言っても、みな同じまとめ方である。何も独自の視点はない。それではどのメディアも儲からないから、ライターのギャラは恐ろしく安い。1本原稿を書いて1万円である。800字原稿を書くのにも1日はかかるはずで、そうだとすると月収30万円。それで交通費、資料代などをクライアントが負担してくれれば良いが、そうとは限らないのが実情だ。とすると手取りはせいぜい20万円だろう。だったらコピペすることしか考えないライターばかりになるのは当然だ。そのコピペでもオリジナリティのある文章になるまでコピペしようとしたら、きっと大変だ。

だから世の中には平凡な記事が溢れる(テレビ番組もそうである)。たとえば吉祥寺のハモニカ横丁が人気だという記事をつくるとなると、視点はもう最初から「レトロ」と決まっている。そうすれば簡単に記事ができるからだ。「ただのレトロではないんじゃないか」「いや全然レトロとは違うんじゃないか」という視点で考え始め、じゃあそれは何か考え、そうだこれだと思いつくまでに三日三晩のブレストが必要になる。それではコストがかかるので誰もそんな面倒なことはしないのだ。

そういうわけで、面白い記事を書きたかったらもうChatGPTにしたほうがいい。ライターのみなさんは別の仕事を見つけてもらうしかあるまい。あるいはChatGPTを使って面白い記事をつくる独自のノウハウをみずから身につけ編集長になるべきだ。

 

 

三浦展(あつし)

1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。

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