【人気記事】(再掲載)「新潟ゆかりの文学者たち」小川未明「野ばら」(岩波文庫『小川未明童話集』所収) 片岡豊

「著名人コラム」から好評だった記事をピックアップして、ゴールデンウィーク中に再掲載します。(編集部)

 

今回も上越市ゆかりの作家を取り上げましょう。我が家から5分も歩けば桜で知られる高田城跡公園。そこに高田図書館があり、「小川未明文学館」が併設されています。またそこから10分も歩けば大手町小学校。ここには小川未明の代表作の一つ「野ばら」(1920年)の文学碑があります。

この短編は「一株の野ばらがしげってい」る隣り合う二つの国の国境が舞台。「国境を定めた石碑」を守る大きな国の老兵士と「それよりはすこし小さな国」の青年兵士の二人は、平和な日々に挨拶を交わし、やがて「二人は毎日向かい合って将棋を差」すようになり、「将棋盤の上で争っても、心は打ち解け」あっていったのでした。ところが「大きな国」と「それよりはすこし小さな国」は、「なにかの利益問題から、戦争を始め」てしまいます……。

「大きな国」と「それよりは少し小さな国」の戦争。さてこの先二人はどうなるのか? そしてこの戦争の結末は? この二つの国の戦争は、あたかも今僕らの前に展開されているロシア・ウクライナ戦争を思い起こさせます。第一次大戦後すぐ、またスペイン風邪が猛威を振った時代に書かれた「野ばら」。新型コロナウイルス・パンデミックいまだ止まない今、10分もあれば読み切れてしまう「野ばら」はを読めば、読む人にさまざまな思いをもたらすに違いありません。

小川未明は1882(明治15)年4月7日に今の上越市幸町に旧高田藩士族の家に生れ、岡島校(現大手町小学校)から旧制高田中学(現高田高校)、東京専門学校(現早稲田大学)で学び、在学中から詩や小説を発表します。その後、大杉栄を知ることが契機となって社会主義・無政府主義に傾倒し、また小説・童話作品に旺盛な筆力を発揮しました。ところが1920年代後半、プロレタリア文学陣営内の路線対立が続くなか「童話作家宣言」。それ以後、戦前・戦中・戦後を通じて童話界の中心にあり続け、「日本のアンデルセン」と称されましたが、1961年5月11日に満79歳で他界しました。

2022年は小川未明生誕140周年にあたります。それを記念して小川未明文学館では「小川未明生誕140周年記念展」が12月25日まで開催されています。また12月17日(土)には、高田城跡公園内のオーレンプラザ大ホールを会場に、「未明生誕140周年記念シンポジウム」が開催され(13:00~16:00)、「未明文学の現状と課題、生誕150周年に向けた顕彰と研究の方向性などについて」上越教育大学の小埜裕二さんを初めとした小川未明研究者の討論が予定されています。

つい近年、「未明は大正期、社会主義運動が盛んな時期は社会主義を、日中・大東亜戦争下、軍部の力が強まった時は国家主義を、戦後、日本国憲法下の新体制が確立されるようになると反戦と民主主義をそれぞれ表立って支持しており、その時々の時局に合わせ、変節を繰り返した作家だ」と断言する、若き未明研究者増井真琴の『転向者・小川未明 「日本児童文学の父」の影』(2020・12 北海道大学出版会)が上梓されています。戦後77年、新たな「戦前」を危惧しなければならないような情勢がある今、小川未明を含め、戦前・戦中・戦後を通して生きた文学者・知識人のありようを、改めて検討する必要があるようです。

片岡豊

元作新学院大学人間文化学部教授。日本近現代文学。1949年岐阜県生れ。新潟県立新津高校から立教大学文学部を経て、同大学院文学研究科博士課程満期退学。現在、新潟県上越市で「学びの場熟慮塾」主宰。

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