【三浦展の社会時評】 第10回「下北線路街」

新潟県に限らず全国の地方は、中心市街地の商店街が衰退し巨大ショッピングモールをはじめとした郊外ロードサイドの商業施が買い物の中心になっている。

ショッピングモール建設の動きは地方のほうで早く始まり、東京など大都市圏ではむしろ後から始まったが、今では千葉、埼玉、神奈川各県もショッピングモールだらけになった。

しかしそうであるがゆえに、商業というものがそれだけでいいのかという反省も始まった。

たとえば小田急線の下北沢駅の地下化に伴い地上に誕生した商業施設BONUS TRACKは下北沢駅から地上に出て世田谷代田駅側に歩いて5,6分のところにある。世田谷代田駅から下北沢駅を経て東北沢駅まで、地下化した上の地上部分を開発したストリート「下北線路街」の一部である。

BONUS TRACKは、昔ながらの木造の長屋やアパートのような感覚のある商店として2020年4月開業した。「みんなで使い、みんなで育てていく新しいスペース、新しい “まち” 」がコンセプトである。

下北沢では近年賃料が高騰して若く個性的なテナントが参入しづらい状況になってきていた。個性的な商店の連なりがつくる下北沢らしい街の風景が失われていた。そこで、BONUS TRACKを設計したツバメアーキテクツでは小田急電鉄と協議しながら、木造密集地域の商店街の良さを取り入れ、下北沢らしいザワザワとした、自由で、ちょっとアナーキーな雰囲気を新しい開発の中でも取り入れていこうとしたのである。

2階建て10店舗の店を連ね、1軒当たり平均10坪15万円という東京の人気の街としてはかなり低家賃にした。また店を出すだけでなく2階に住める職住一致型にすることで、面白い個人店が入れるように企画した。私が見ても知っているレコードが一枚もない個性的なレコード店もあるし、発酵をテーマにした物販・飲食店、ながらく下北沢で活動してきた新刊書店B&B、コワーキングスペースなどがある。チェーン店はない。

商店街と言っても10店舗がずらっと並んでいるのではなく、商店が精密に配置されており、植樹もされ、ちょっと腰をかけられるような場所もあるなど、のんびり歩いたり、一休みしたりするだけでも心地よい場所になっている。

BONUS TRACKのさらに世田谷代田駅側は、温泉旅館「由縁別邸 代田」、東京農業大学のオープンカレッジが入居する「世田谷代田キャンパス」、「世田谷代田 仁慈保幼園」などが並んでおり、単に商業施設だけでなく、教育、文化などの機能も果たしている。

BONUS TRACKとは反対側、下北沢駅から東北沢駅までの「下北線路街」には商業施設の「reload(リロード)」、「MUSTARD HOTEL(マスタードホテル)」、イベントホール「ADRIFT(アドリフト)」ができており、これらを一括して株式会社GREENING(グリーニング)が運営している。

リロードのテナントもチェーン店はない。下北沢、三軒茶屋など世田谷区内、代官山、原宿、中目黒など都内で営業していた店の新店舗、ネットだけで販売していた会社の初店舗などが多く入居している。他で見たことがある、という店はない。

「画一的な、無個性なお店は避けたかった。あまり見たことがない、良い意味でちょっとわかりにくいお店をあえて集めています」と下北線路街開発を担当してきた小田急電鉄株式会社エリア事業創造部課長代理の向井隆昭さんは言う。
下北沢の有名な茶店「しもきた茶苑大山」のほか下北沢地元店が入店。また古着の街下北沢らしく渋谷区桜ヶ丘からヴィンテージ古着ショップが入店し、マスタードホテルでは音楽の街でもある下北沢らしく、宿泊客が受付でLPレコードを借りて部屋で聴けるようになっている。

他方、都心並みのこだわりの店も入れた。OGAWA COFFEE LABORATORYは、バリスタおすすめの器具を使い、焙煎から抽出までを客自身で行うことができる体験型ビーンズストア。

APFR TOKYO(アポテーケフレグランストーキョー)は自社工場で商品の調合、生産、パッケージングまですべての工程をハンドメイドでおこなうフレグランスブランドのショップであり、客が自分好みの香りを作れる。
消費者が単に既製品を買うだけでなく、消費者自身が関わっていくような店が入っているのである。

またリロード付近は朝などに犬の散歩をする人が多い。「代々木公園からずっとこちらのほうまで散歩をされるんです。ホテルの1階のカフェで犬を連れてコーヒーを飲みに立ち寄る方が多いです。またリロードのなかのヨガスタジオでは、エクササイズの一環として下北沢の街中を走るプログラムを行うなど、街に人がしみ出していく、関わっていくような活動もしています」。
周辺住民も線路街利用者も街に出ていくことで街を活性化していくという形が実現されているのである。

従来の駅ビルやショッピングモールのように、大きな箱の中に客を囲い込むのではなく、下北沢という街の中に新しい街を、しかし下北沢らしい街を再創造し、かつそこに集まる人々がさらに下北沢の中でさまざまな活動を始めることを誘発する装置として下北線路街はあると言える。非常に意欲的な試みである。

新潟県でも、中心市街地でも郊外でもいいが、こうした新しい試みに挑戦してほしいものだ。

 

三浦展(あつし)

1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。

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