【三浦展の社会時評】 第11回「ショッピングモールにそろそろ飽きませんか?」

前回に引き続きポスト・ショッピングモール時代について考える。

上越ウイングが1990年代初頭にできはじめて以来、新潟県には巨大ショッピングモールをはじめとしてロードサイドの商業施設が無数にできた。だが、いつまでもそういう巨大施設に依存していていいのか。上越市も新潟県も人口減少している。2040年までにはもっと減る。モールなども採算が合わなくなる危険性がある。そうなればモールは退店する。そうなったとき、あの巨大な施設を何に使うのか。

またSDGsの観点からも何を買うにもクルマに乗って行かねばならない郊外ロードサイドは問題が多い。家の近くの歩いて行ける範囲で少なくとも日常的な買い物は済ませられるほうがよい。

ショッピングモールというのは東京圏よりも地方で先に増えた。だがこの15年ほどのあいだに東京圏でもたくさんのショッピングモールができ、普通のサラリーマンのファミリーが主としてモールの利用者になった。

そうなると飽きるのも早い。いつまでもモールでいいのか、という気持ちを持つ消費者も増えてきた。

そんななか、東京の郊外・立川駅近くに、2020年、新しい商業施設ができた。「街」ができたと言ってもよい。それはGREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)という商業、文化、オフィス、ホテルが複合した街である。従来のショッピングモールなどの再開発・商業施設とは一線を画す、これからの時代の方向性を示す開発だと言える。

GREEN SPRINGSは「空と大地と人がつながるウェルビーイングタウン」をコンセプトにつくられた。「ウェルビーイング」(well-being)とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的にすべてが満たされた状態(well-being)にあることを言う。「瞬間的な」幸せを表す「ハッピネスHappiness」とは異なり、「持続的・永続的な」幸せを意味するという。

再開発というと、古い街並みを壊してタワーマンションを建てて、マンションの足下にチェーン店の入居する商業施設を設けるという金太郎飴的なパターンが今は主流である。それによって客が集まれば賑わいや楽しさが創造できたと判断する。だがそれだけでいいのだろうか。だめでしょ、それだけじゃという疑問への回答がGREEN SPRINGSにはある。

建物で囲まれた中庭のような、ストリートのような空間は、緑がふんだんに植え込まれている。植物の種類が350種類もあり、それも、テーマパークのように花が咲いているときだけ植えるというものではなく、芽が出て花が咲いて枯れるまでずっと植えてあるという。

街路沿いには無数の椅子が置かれている。可動式の椅子もあるが、長い木材をベンチとしてしつらえたものもある。だから客も通行人も少し疲れたらどこにでも座れる。GREEN SPRINGSでは建物のコンセプトを「街の縁側」とし、こうしたたくさんの居場所を提供している。

約2500席の新ホール「立川ステージガーデン」は多摩地区最大規模のものであり、その屋上に登れる階段に沿ってカスケードと呼ばれる階段状の水流がある。水流の先にはビオトープがあり、たくさんの生物が生息している。子どもたちが生物を捕るイベントもするそうだ。ステージガーデンとビオトープの間には芝生広場があり、ステージガーデンの扉をすべて開けばホールと広場が一体化してステージを見られるという。

広場にはキッチンカーや屋台が出て多摩地区の野菜を売っているし、建物などには多摩産材の活用している。地産地消である。また350種類あるという植栽は多摩地域に自生する植物を植えているし、ビオトープでは多摩川に生息する生物(メダカ、ドジョウ、ギンブナ、カワムツ、ヌマエビ)を放流している。このようにGREEN SPRINGSの中庭は、街路であると同時に広場であり、かつ多摩の自然の再現でもある。

普通のショッピングモールの場合、その中を人々は歩くが、基本は細長い通路を行ったり来たりするだけである。窓はほとんどなく外が見えないから、客は店と商品だけを見て歩くことになる。

GREEN SPRINGSでは人は閉じた空間を行き来するだけの消費者ではない。子連れで来たファミリー、犬の散歩に来た人、ママ友同士や80代のおじいさん三人組でのランチ、パソコンで仕事をする人、ビルの上階から富士山を見に23区内から来たシニア女性二人組、学校帰りの高校生、TikTokの撮影に来た女の子などなど多様な人々が集まる。

GREEN SPRINGSでは年齢や性別などのターゲット設定をせず、ウェルビーイングの考え方やGREEN SPRINGSの世界観に共感する人を「ウェルビーイングシーカー」と呼び、ターゲットとして設定している。だから彼らは必ずしも消費をせずにそこに集まる。

店舗はすべて街路に向けて全面的にガラス窓を向けており、店舗からは通行人や椅子に座って仕事をする人を眺めることができる。逆に外にいる人は店内にいる客や店員を見通せる。屋根がないので、晴れた日には光と緑の輝きを見ることができ、雨の日は傘をさして歩く人を眺めることができる。天候、時間、季節感を感じられるのだ。再開発でありながら、商店街的なところや公園的なところがあるのが面白い。よく「時間消費」というが、天候や時間の変化や季節感を感じられるということこそが本当の時間消費かもしれないと私は思った。

またグリーンスプリングスではアメリカの有名建築家クリストファー・アレグザンダーの主著『パタン・ランゲージ』で提案された様々な手法をたくさん使っている。「街路への開口」「屋台」「日のあたる場所」「玄関先のベンチ」「木のある場所」「どこにもいる老人」「半分プライベートなオフィス」「さわれる花」「やわらげられた光」「小さな人だまり」「座れる階段」「街路を見下ろすバルコニー」などがGREEN SPRINGSで実践されているのだ。これほどパタン・ランゲージを実現した街は他にはないだろう。

またGREEN SPRINGSに入っているテナント店舗にはチェーン店はほとんどない。立川にはすでに伊勢丹などの大型店がたくさんあり、飲食を中心に全国チェーン、ナショナルブランド、グローバルブランドもすでに十分に揃っている。

そのためGREEN SPRINGSでは、ウェルビーイングというコンセプトに共鳴してもらえる店を選んでリーシングした。実は私の住む杉並区西荻窪駅の近くに美味しい素敵なビストロがあったのだが、突如閉店し立川に移転した。一体立川のどこに移転したのだろうと思っていたらGREEN SPRINGSであった。このように各地の名店、話題の店を集めているのである。ナショナルチェーン、グローバルチェーンよりもリージョナルな店を選んだのだ。

このように、単に消費する場所ではない場所づくり、地域の個性を広げ全国一律ではない店づくり・まちづくりがこれからは求められる。

三浦展(あつし)

1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。

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