「世界一のチーム」 山崎夏生(元プロ野球パ・リーグ審判員 新潟県上越市出身)

根っからの野球好きで、今でも年間にプロアマ問わず100試合以上は球場に出かけて観ています。そして審判も30試合以上はこなしています。申し遅れましたが、元プロ野球審判員です。パ・リーグ審判として29年、その後は審判指導員として8年の計37年間をプロ野球界で過ごしてきました。

5年前に退任すると同時に「審判応援団長」という肩書を勝手に付け、今は幅広く野球を書いたり喋ったり、そしてアマチュア審判として現役復帰しあらゆるカテゴリーでの審判活動を楽しんでいます。そんな男ですから3月のWBCに熱狂したのも当然です。

とはいえ、「審判」という視点から野球を観る習性が身に付いているのでチームの勝ち負けにはほとんど興味が無いのです。力が拮抗していれば勝負は時の運。勝っても6割、負けても4割の勝率で競うのが野球の面白さ、とにかく個々の素晴らしいプレーとスリリングな好ゲーム、それだけを望んでいます。よってWBCにしても、それほど「侍ジャパン」の勝利への強い思い入れもなく、とにかく世界の頂点を目指す各国の戦いぶりを楽しみたいというスタンスでした。これは過去のWBCやオリンピックでの試合も同様でした。ところが今大会のこのチームには特別に強く心を揺さぶられ、応援してしまったのです。その根幹にあったのは決勝までの7試合全てにおいて「チーム」として機能していたこと、そして世界に誇れる素晴らしい「品格」を感じさせてくれたからです。

2月の代表合宿ではカリスマ性もあり、チームの顔としてふさわしいダルビッシュ投手(パドレス)が惜しみなく自身の技量や経験を伝授します。3月から合流した大谷(エンゼルス)、吉田(レッドソックス)、ヌートバー(カージナルス)らのMLB組は高い技術とパワー、そして何よりも野球が好きなんだという熱い気持ちを村上(ヤクルト)や佐々木(ロッテ)に伝え、日に日に「ワンチーム」が熟成されていくように感じました。ベンチの誰もが身を乗り出し仲間を応援し、また出番に備えて入念な準備をし、それぞれの責任を果たしている、それはテレビ画面からでも十分に伝わってきました。東京ラウンドでの5試合を危なげなく全勝で勝ち抜けたのもこのチームとしての結束力あればこそだったのでしょう。

そして迎えたマイアミでの準決勝からの2試合。今までに選手として、審判として、観衆としておそらく5,000試合以上に関わってきましたが、我が生涯の忘れえぬトップ10に入る感動を与えてもらえました。特に準決勝の対メキシコ戦は「WBC史上の最高試合」とも評され、敗れたギル監督は「どちらも敗者ではない、勝ったのは野球界だ」と述べました。最終回の逆転サヨナラ勝ちを呼び込む大谷選手の2塁からベンチへの咆哮は今大会で最も印象に残ったシーンでした。「さぁ、俺に続け―っ!」と感情を爆発させる熱さ、これこそが仲間を鼓舞し、野球を「楽しむ」ということでしょう。決勝戦にしても然り。こうなれば最高の幕引きだ、というラストを野球の神様が用意してくれたのです。もはやアンコールの必要もなく、感動に震えるばかりでした。こんなにも野球は面白いのだ、これは老若男女問わぬ共通の思いとなり、いつかは自分もあの日の丸を背負い世界の舞台に立ってみたいと、若き野球人の心を揺さぶったはずです。

また、つい数年前までは名もなき独立リーガーや育成選手、足だけが取り柄の控え選手らがチャンスを生かし、このマイアミの地に立ったことは多くの野球人や若者に高邁な夢や希望を与えたはず。そしてこんな戦いをしたという彼らの経験と誇りが日本野球の血脈となり、伝統となった時にこそこの優勝は完結します。

そして私が何よりも嬉しかったのは、全ての試合において侍ジャパンのマナーの良さが際立っていたことでした。たとえ格下とみられる相手にも全力で立ち向かい、揶揄するようなこともなく、リスペクトしあう。だからこそ試合後には爽やかに握手を交わし、彼らもグッドルーザー(良き敗者)になれたのです。

実はかつての国際試合においては関係者各位からの我が国の評判は決して良くはない時代がありました。日本球界の悪しき伝統か、ベンチから相手チームへの野次罵声は当たり前で、選手や審判を騙すようなプレーが横行し、それがまた頭脳的プレーだと称賛され、サイン盗みなども当たり前。ベンチワークで相手のサインを解読したり、推理することは正攻法ですが、2塁走者やベースコーチが捕手の動きを見て打者にコースや球種を教えることは邪道なのです。前者は勉強ですが、後者はカンニングだからです。また審判の判定に対してもあからさまに不満の意を示し、挙句の果てには退場等々で、野球の実力はともかく「品格」の点でいかがなものかと指摘されていたのです。

今大会ではそのような行為は一切見られず、試合後はお互いの健闘をたたえ合うコメントにあふれていました。直近の世界野球ソフトボール連盟のランキングで日本の野球は男女ともに1位、ソフトボールは女子が2位で男子が3位、文字通りの世界のトップリーダーたる地位に居るのです。そして今大会を終え、競技ポイントにはない「品格」でも日本は世界一になった、と確信しました。

ちなみに、つい先日、彼らの戦いぶりを描いたドキュメンタリー映画「憧れを超えた侍たち」と観ました。チーム編成会議から試合中のベンチの様子、悔し涙と嬉し涙を交互に流し雄叫びを上げる選手たちの一体感など、十分に伝わってきました。そして何よりも「選手ファースト」を貫き通し、自分たちの手柄ではないという謙虚な姿勢にあふれる栗山監督以下のスタッフに深い敬意を表します。

山崎夏生(なつお)

昭和30年7月2日新潟県上越市生まれ。49年3月新潟県立高田高校卒業、54年3月北海道大学文学部国文科卒業。同年4月日刊スポーツ新聞社東京本社に入社、56年12月同社を退社。57年3月パシフィック野球連盟と審判員契約を締結、59年7月一軍戦に右翼線審として初出場(西武対南海)、同月Jr・オールスター戦出場(以後3年連続出場)、63年10月一軍戦で初球審(ロッテ対南海)、平成6年7月オールスター戦に初出場、22年10月千葉マリンスタジアム最終戦(ロッテ対オリックス)にて現役を引退。同年12月日本野球機構(NPB)と審判技術指導員契約を締結。30年12月日本野球機構を退職、学生野球資格回復研修を受講し、アマチュア審判員として現場復帰、31年1月「審判応援団長」として審判の権威向上と健全なる野球発展のために講演・執筆を中心に活動を開始、現在に至る。著書に「プロ野球審判 ジャッジの舞台裏」、「全球入魂!プロ野球審判の真実」(ともに北海道新聞社)がある。

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