【三浦展の社会時評】 第12回「韓国のブラックピンクから考える日本企業の意欲低下」

4月のある日、インスタグラムを見ていたら知らない映像が流れてきた。韓国のガールズグループだ。ブラックピンクという。見たら一瞬ではまった。

いやー、びっくりした。4人のメンバーのうち特にリサ(Lisa)という女性が物凄い。今まで見たこともないダンスを踊る。どんなダンサーより高速に動き、誰よりもたくさんの細かな動きが次々と繰り出される。脚がとても長く細い身体は、時にシャム猫のように、時に蛇のようにくねくねとしなる。手の指も弧を描いて反りかえり、1本1本がまるで扇子のように閉じたり開いたり、ひらひらと舞う。あまりに速い動きなので他のダンサーの踊りが佐渡おけさに見えるほどだ。

リサはタイ人(母親やタイ人で両親が離別か死別かしたらしく、次の父親はヨーロッパ人でスイス系ドイツ人らしい)。なるほど、タイの民俗舞踊のみならず、インド、インドネシア、中近東の民俗舞踊の要素も感じられる。あの高速感はタイの格闘技ムエタイを思わせる。もちろんアメリカのヒップホップダンサーなどがこれまで築き上げてきた要素もぎっしり詰まっている。パリのクレージーホースのダンスのようなところもあるかもしれない。それらがすべて融合し、物凄いスピードが加わって、今まで見たこともないダンスが生まれたのだ。リサは日本で活動している女子K-1格闘家パヤーフォンの遠い親戚だというから、血は争えない。

ヴォーカルの中心のロゼも1997年ニュージーランドに生まれ、12年、オーストラリアのシドニーで行われたYGエンターテインメントのオーディションに参加し、練習生となったという。

可愛い女優のようなジェニーは1996年ソウル生まれだが9歳から14歳まで、ニュージーランドへ留学。その後韓国へ帰国し、憧れていたYGエンターテインメントのオーディションを受け練習生となったという。もうひとりのジスだけが韓国だけで育ったネイティブだ。

おじさんは今頃気づいたブラックピンクだが、デビューは2016年。すでに世界ツアーをするほど大人気である。女性音楽グループとして世界最大のファンを有し、SNSのフォロワーは3億人。

2021年11月時点で、YouTubeで公開されたBLACKPINKの動画累計再生数は210億回を超え、チャンネル登録者数も世界最多。2020年にはアメリカの雑誌『ブルームバーグ』で「世界で最も影響力のあるポップスター」に選ばれたという。

グループ名BLΛↃKPIИKは、女性的なPINKに非女性的な強さのBLACKを合わせることで、外見や女性らしさという既存の尺度を否定する意味だそうだ。またCやNの文字を反転させることで、固定観念の打破と原始的本質への回帰を促すという。簡単に言えば強いけど可愛い女性という矛盾を統合した存在という意味である。それは現代の女性が持つ願望であろう。

メンバーは皆美しく、4人がそれぞれディオール、カルティエ、シャネル、カルバン・クライン、ポルシェ、セリーヌ、ブルガリ、M・A・C、ティファニー、イヴ・サンローランといった高級ブランドのアンバサダーを務める。リサは『VOGUE』の表紙にもなった。

リサは2011年、14歳の時にタイで開催されたYGエンターテインメント(ブラックピンクのプロデュース企業)のグローバルオーディションを受け、約4000人の中からたった一人合格し、韓国に移住したというダンスの申し子。2018年、自身のYouTubeチャンネル「Lilifilm Official」を開設し、登録者数は現在1100万人。2021年、ソロとしても「LALISA」という曲でデビューし、ミュージックビデオは公開2日でYouTube再生回数1億回を突破した(LALISAはリサの本名)。Instagramのフォロワー数は2023年3月時点で9056万人。K-POPアーティストの中で1位。

こりゃあすごいというわけで、私はブラックピンクのライブが観たいと思い検索した。なんと3月にはすでに東京でライブが終わっていて、6月に大阪でライブがあるが、もちろんチケットは売り切れだった。そこでネット上のプレミアチケットを探すと6月4日のチケットが取れた。高額になっているが是非とも見たいので購入し、京セラドームに出かけた。

新大阪駅についた途端、ライブ目当てと思われる若い女性が目についた。かならずどこかにピンクの服を着ている。実は私もピンク地のアロハシャツと靴下にしたのだ(笑)。地下鉄に乗るとさらにそういう女性が増える。ホテルにチェックインしてからドームに向かう電車の乗るとピンク女子ばかり。そしてドームへ。予想はしたが9割以上は女性、うち8割が20代か。数%だけが男性。でもその8割が20代だろう。私は5万人の観客のうち最高齢だったかもしれない。

会場が暗くなり、いよいよライブが始まりそうになる。私のまわり中の女子たちが「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、どうしよ、始まるっ」と、テンションが上がりまくる。さあ、いよいよ始まるかと思うと、まだ始まらない。かなりじらす。まだか、まだか。ついに始まった! 大歓声! 大音量と共にダンスと歌が始まる。メンバーひとりひとりの一挙手一投足に「かわいい!」という声が上がる。次々と曲が展開し、あっというまの2時間が過ぎた。

ライブは本当に素晴らしかった。あらかじめかつての日本ライブをDVDで見ていたが、実際に見ると感動的である。リサのソロダンスでは私も涙が出そうだった。

というあたりで説明は終わり。本稿の趣旨はブラックピンクとリサの凄さというより、韓国のエンターテインメント企業の意欲についてである。

タイでグローバルオーディションを開催して才能を発掘し、ハングル語はもちろん英語でも日本語でも歌えるアーチストとして育て、世界ツアーを大成功させ、音楽だけでなくファッションアイコン、『VOGUE』の表紙にまでなるセレブにまで登り詰めさせたという、グローバルなエンターテイメントビジネスへの強烈な戦略である。

日本で坂道系アイドルがどうのこうのと言っているのが、いかに内向きなことかが思い知らされる。AKBや坂道系はアイドルの甲子園だとプロデュースの秋元康は言う。学芸会だと揶揄されることも多い彼女たちだが、その中でも選び抜かれてきた実力者であることは間違いなく、高校野球で言えば甲子園に出場したに等しいのだ。

だが、ブラックピンクを見ると、これは野球で言えばWBCで感動の優勝をした侍ジャパンを思わせる。甲子園でも日本シリーズでもなく、最初から世界が舞台なのだ。

私はブラックピンクを見ながらずっと考えた。たとえば1996年から4年間一世を風靡した日本の女子ダンスユニットSPEEDは、なぜブラックピンクのようになれなかったのだろう。曲だってダンスの能力だって劣っているとは思えない。デビュー当時12歳から15歳だったメンバーにブラックピンクのようなセクシーなダンスは無理だったとしても。沖縄から東京に出てくるのが目標であっても、世界を目指すところまでは目標になっていなかったのではないだろうか。あくまで甲子園なのだ。

それからブラックピンクの場合、その世界観は明らかにアメリカ的世界観の中にいる。そこが日本のアイドルと違う。世界を制覇しようとすれば、アメリカ的世界観を肯定することは必須である。今回のライブで流れた映像にも、アメリカの1950年代の黄金時代のモチーフが使われている。巨大なアメリカ車、カラフルなアイスクリームなどなど。そして先述したヨーロッパの高級ブランドやファッション誌『VOGUE』などなどもまた成功の印だ。たとえそれが虚栄であっても、そこを避けて通ることはできない。だからこそリサのソロ曲「マネー」は成功の尺度がお金であることを堂々と表現する。

こういう一種の恥じらいのなさが日本には欠けている。それは美点だ。が、しかし、日本人はとても内向きに見える。近年日本から海外への留学生が減ったこととも関連している。ピンクレディや松田聖子は、成功はしなかったがハリウッドに行った。そういう意欲が今の日本にはあまり感じられない。一流ジャズ歌手になってニューヨークデビューだってできたかもしれない美空ひばりを演歌歌手にとどめてしまった時代と変わらない一種の鎖国意識が今も日本にある。ちあきなおみだって世界のシンガーになれただろうし、藤圭子はジャニス・ジョプリンのようなロックヴォーカリストになれたかもしれないのに。国内で確実に売れることだけが重視されてしまう。

内向きな企業の論理が個人の能力にフタをする。個人が勝手に努力すれば大谷翔平が生まれるのに。

韓国社会には問題が多い。国民の平均年収は日本を抜いたが、格差も激しい。出生率は0.78だ。国家運営がうまく行っているとは言いがたい。うまく行っていないからこそ必死で世界戦略を考えるのかもしれない。映画もそうである。

もちろん日本はポケモンなどのゲームでは世界市場を席巻している。だがこれは自動車や家電を売って世界を制覇した1980年代と同じように、物を売って稼いでいるだけのように思える。

エンターテイメントは、コトの消費である。コトの消費こそが今後の消費社会の主流であるはずだ。ゲームだって今後は中国など他のアジア諸国がどんどん勢力を増すだろう。

そう考えると日本の将来がちょっと不安になる。韓国に抜かれる抜かれないではなく、タイにもベトナムにもインドにもインドネシアにもどんどん抜かれていくのかもしれない。

国連によれば2050年の国別人口予想は
1位:インド 17億500万人
2位:中国 13億4,800万人
3位:ナイジェリア 3億9,900万人
4位:アメリカ 3億8,800万人
5位:インドネシア 3億2,200万人
6位:パキスタン 3億1,000万人
7位:ブラジル 2億3,800万人
8位:バングラデシュ 2億200万人
9位:コンゴ 1億9,500万人
10位:エチオピア 1億8,800万人
である。そのとき日本は9515万人である(国立社会保障・人口問題研究所推計)。インドの20分の1、エチオピアの半分である。

私の本もここ数年中国でよく売れている。日本の3倍くらい売れる。東大名誉教授の社会学者・上野千鶴子さんの本も今中国で大ブームで、すでに20冊の本が翻訳された(私はまだ4冊)。上野さんが出演したネット番組には3億人のアクセスがあったそうだ。

社会学は「近代社会の自己意識」と言われるが、社会が高度経済成長を経験すると、人々の関心が心理学を含めた社会学的なものの見方に向かうのである。近代化・経済成長を疑うようになるのだ。これは1950年代のアメリカもそうだし、90年代の日本もそうである。中国は今そういう段階に入った。

だから今後の中国の社会や消費がどう変わるか、日本に先行事例を求める。中国はインドに人口で抜かれたとか、少子高齢化が日本並みに急激に進むとか言われても、ではこれからどうするかを考えようという姿勢・意欲は日本人の比ではない。未曾有の経験だからこそ真剣に考えている。30年間成長がない社会になれてしまった日本人とは真剣さが違う。

私は今、月5回ほど中国人に講演しているが、質問が素晴らしい。日本人に講演しても質問が出ない。意欲が違うのだ。

私の言う「下流社会」とは、貧乏のことではない。本来の意味は、意欲の低下した社会である。意欲がなければ、何もできない。

三浦展(あつし)

1958年新潟県上越市出身。82年一橋大学社会学部卒業。(株)パルコ入社。マーケティング情報誌『アクロス』編集室勤務。86年同誌編集長。90年三菱総合研究所入社。99年カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、世代、階層、都市などの研究を踏まえ、時代を予測し、既存の制度を批判し、新しい社会デザインを提案している。著書に『下流社会』『永続孤独社会』『首都圏大予測』『都心集中の真実』『第四の消費』『ファスト風土化する日本』『家族と幸福の戦後史』など多数。

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