【市町村長リレーコラム】第8回 新潟県長岡市 磯田達伸市長 「イノベーション都市・長岡の実現へ」
新潟県内30市町村の首長に、地域での取り組みや課題、首長としての想いなどをコラムで寄稿いただき、次に寄稿いただく首長を指名いただく「市町村長リレーコラム」。
第8回は、新潟三条市の滝沢亮市長からバトンをつないでいただいた、新潟県長岡市の磯田達伸市長のコラムをお届けします。
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世界が経済発展を続けている中で、日本はこの30年間、国内総生産(GDP)と賃金の伸びが先進諸国の中で最低となっています。また、生産年齢人口の減少に加え、デジタル化の遅れや技術開発の停滞から労働生産性が上がらず、経済成長はもとより賃金上昇も見込めない厳しい状況です。加えて、少子高齢化・人口減少が地方の地域社会を直撃し、人手不足・担い手不足により活力を急速に奪っています。
私は市長就任以来、あらゆる場面で変化の波を的確にとらえ、新しいアイデアと手法・手段により市民生活の向上と産業の活性化につなげる「長岡版イノベーション」を政策の柱に据え、市内4大学1高専や長岡商工会議所、産業界、行政が連携し、さまざまな取り組みを進めてきました。
このような中、最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を多くの皆さんがよく目にしていると思います。DXは、「デジタル情報通信技術(ICT)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という提唱が発端であり、産業分野においては「ICTの導入で経営や生産を効率化したり、新しい商品やサービスを生み出したりすること」とされています(参考:総務省情報通信白書 H30年版)。
これからは、イノベーションとDXこそが日本の「失われた30年」を取り戻すための必須課題ではないでしょうか。人口減少と高齢化で加速する産業・福祉・介護・教育・保育などの各分野における人手不足も、DXによる効率化、労働生産性の向上なくしては解決は難しいと思います。
長岡市においては、産業界のDX推進と若者や女性、外国人材が能力を十分に発揮できる働く場の創出などが急務となっています。このコラムでは、それらの課題解決に向け現在進めている「長岡版イノベーション」の取り組みなどを紹介したいと思います。
市内企業のデジタル化を強力支援
今、国内においては企業のDX推進が大きな課題となっています。企業DXは単なるデジタルツールの導入だけではなく、蓄積したデジタルデータを活用し、生産現場の改善や経営の効率化を図るものです。市内企業においては、自前で行うのが難しい状況でもありました。
そこで、昨年度から、長岡市はNPO法人長岡活性化協会NAZEと連携し、市内企業のデジタル化を支援する「製造業デジタル化実装モデル事業」をスタートさせました。具体的には、デジタル化の経費の一部を補助し、「ものづくりデジタルオフィサー(MDO)」という推進役を企業に派遣して、伴走型で支援する取り組みです。
実装モデル事業を進めていく中で、NAZEと長岡アイティ事業協同組合が連携し、デジタル化支援チームを結成。単なるデジタルツールの導入ではなく、企業が課題を解決するためのデジタル化支援を、支援チームが伴走型で進めています。
支援チームには製造業のデジタル化したノウハウが蓄積されるとともに、このノウハウが次の新しいケースにも活かされ、つながっていく仕組みは、地域全体で助け合って競争しながらも成長しようという「長岡らしさ」の表れだと思います。
今後も、実装モデル事業を通して得たノウハウを共有し、市内企業に広くDX推進を展開していきます。
若者の起業・創業を支援
長岡市と市内4大学1高専(長岡技術科学大学、長岡造形大学、長岡大学、長岡崇徳大学、長岡工業高等専門学校)は、各校が持つ専門性を活かして、「科学、デザイン、経営、看護」の要素を持つ学生の自由な発想と、長岡の企業が持つ幅広い分野の経営資源を融合し、新たな産業の創出、次世代に対応する人材の育成を目指す「NaDeC構想」を平成30年度から推進しています。
※NaDeC・・・長岡の中心市街地を核として、4大学1高専の位置を線で結ぶと三角すい(Delta Cone)の形になることから、その頭文字をとって名付けられた。
これまで「人材育成」「産業創出」「交流協働」を3つの柱とし、活動拠点となるNaDeC BASEを中心として、若者の起業・創業の促進に力を入れてきました。
その取り組みの一つ、ファーストペンギンプログラムは、若者向けの起業イベントや補助金交付など、起業・創業から成長までの各段階に応じた支援を一環して行うもので、本市と4大学1高専・長岡商工会議所・金融機関・関係団体が連携・協力して進めています。
平成30年度から現在までの5年間で、市の学生起業家育成補助金やベンチャー企業創出補助金を受けて、すでに学生や教員など19者が起業しています。そのうち女性の起業は6件で、令和4年度だけでみると4件のうち2件が女性の起業です。また、昨年度、新潟県起業支援センターCLIP長岡を通しての起業は25件で、そのうち女性は14件、男性の11件を上回りました。女性からの起業に関しての相談、問い合わせも年々増加しており、起業に対する関心の高まりを感じています。
これまで起業・創業というとテクノロジー系が中心でしたが、これからは、世の中で何が求められているか、ユーザー目線で気付き発想する「デザイン思考」の力が重要になってきます。長岡造形大学には「デザイン思考」を学んでいる約1,000人の学生がおり、およそ800人が女子学生です。こうした長岡の強みを活かし、男性だけでなく女性も積極的に起業にチャレンジできる環境づくりを加速させていきます。
新しい働き方「長岡ワークモデル」の展開
新型コロナウイルス感染症の影響により、リモートワークでどこにいても働ける世の中になりました。現在、JR長岡駅前には、首都圏企業のサテライトオフィスやコワーキングの民間拠点も次々に誕生しています。
そのような中、長岡市は、令和3年から、長岡で暮らしながら首都圏企業に本社待遇で就職し、リモートワークで勤務する「長岡ワークモデル」を推進しています。現在、長岡ワークモデルの賛同企業は42社に拡大し、その実践者=働き手となる「NAGAOKA WORKER(ナガオカワーカー)」は26名と、順調に増えています。
また、今年1月には、長岡ワークモデル「NAGAOKA WORKER」が「2022年度地方創生テレワークアワード」地方創生担当大臣賞を受賞しました。この新しい働き方は、国からも大いに注目されており、これからの時代の潮流になると思います。
「大企業やグローバル企業で自分を試したいけれど、できれば長岡で暮らしたい」という若者のニーズを実現するとともに、時間や場所に捉われないワークスタイルイノベーションにこれからも取り組んでいきます。
外国人材受け入れの拠点へ
長岡市は「高度外国人材の活用・定着」を図るため、産官学金による「長岡グローバル人材活躍推進協議会」を令和元年に設立し、市内企業への高度外国人材の受け入れを進めてきました。
今年3月、協議会のプロジェクトの一環として、モンゴル高専生8名による市内企業のインターンシップを初めて実施しました。受け入れ企業からは、「学生が想定していたよりも優秀」という声がほとんどで、日本語能力を含めたコミュニケーションも問題なく、「ぜひ採用したい」という企業もありました。中には、「すぐに就職したい」「日本にまた来たい」という学生もおり、企業も学生も満足度の高いインターンシップ事業になったと思います。
また、6月12日(月)から、長岡技術科学大学と海外大学との新日本語教育プログラムの一環で、ベトナムのホーチミン市工科大学生7名が将来の日本での活躍を視野に来日。「科学技術振興機構国際青少年サイエンス交流事業」にも採択されており、長岡技術科学大学で最先端研究に触れるほか、市内企業などでインターンシップを行っています。
現在、市内には2,400人の外国人が暮らし、そのうち約350人は留学生です。長岡には、外国人市民の生活相談や支援、交流できるコミュニティの拠点「長岡市国際交流センター」があり、昔から外国人を受け入れる文化(多文化共生)を育んできた先進都市としての実績とノウハウもあります。
また、長岡にはものづくり企業が集積しており、技術力を高めたい学生にとっては最適な環境だと思います。人材不足の波に吞み込まれないよう、外国人材の受け入れと定着を着実に進め、モンゴル、ベトナム、インド、中国など、長岡が外国人材受け入れの拠点となることを目指していきます。
バイオ技術で新産業の創出
令和3年6月、長岡市は内閣府が創設した「地域バイオコミュニティ」に全国4地区の一つとして認定を受けました。同年7月に、長岡市は長岡バイオエコノミーコンソーシアムを設立。
現在、米菓や酒造、機械製造、IT、デザインなど多業種の民間企業、長岡技術科学大学をはじめとする教育・研究、金融等42の機関が参画し、バイオ産業とものづくり産業の融合による新産業の創出や地域資源循環の促進などを目的として、新しい産業の芽を育てるさまざまな取り組みを進めています。
昨年9月、コンソーシアムのメンバーでもある長岡農業高校の協力のもと、生ごみバイオガス発電センターで生ごみを発酵させ発電に利用した後に残る発酵かす(これまでは民間事業者が燃料として利用)を肥料として利用する「実証試験栽培」をスタートさせました。さらに、あぐらって長岡(ふるさと体験農業センター)内のスマートアグリの発信拠点では、ICTセンシングシステムを用いて発酵残渣を活用した肥料と土壌の動きをデータ化する取り組みを実施しています。
その他にも、令和4年度より補助制度を設け、樹木チップによるミミズ養殖や下水汚泥の肥料利用、水産養殖と水耕栽培の循環生産システム、米菓製造の副産物(未利用資源)を水田の土壌づくりに活用する「Nサイクル」プロジェクトなど、企業のバイオ産業創出を支援しています。
また、長岡技術科学大学が地元農家や他業種を巻き込んで取り組む地域共創プロジェクト「COI-NEXT」は、「農家の匠の技」を「科学の力」で付加価値を高め、「田んぼ」を次世代に継承することを目指しています。米どころの長岡市としても、先駆的な資源循環の実装、そしてバイオコミュニティの醸成につながるものと大きな期待を寄せています。
今後も、長岡の強みであるものづくり企業の集積、4大学1高専が持つ専門性、そして人材や農業・漁業の生産を活かし、資源循環や地産地消を基本にしながら、そこにバイオ技術を投入して新しい産物・価値・産業を生み出していく、バイオエコノミーを積極的に推進していきます。
新しいまちづくりの拠点がオープン
いよいよ7月22日(土)に、JR長岡駅前の国漢学校跡地に人材育成と産業振興、そしてイノベーションの拠点となる「米百俵プレイス ミライエ長岡」の西館が先行オープンします。
長岡で親しまれてきた市内最初の公立図書館である「互尊文庫」もそこに移転・リニューアルします。子どもから高齢者まで、幅広い世代が気軽に立ち寄れ、交流できる場が誕生します。また、子どもたちには、プログラミングや「デザイン思考」などの多彩なメニューによる学びの場を提供していきながら、新しい時代の国漢学校を目指していきます。そして、NaDeC BASEも移転し、市内4大学1高専や産業界の関係者が集い、若者の起業・創業や産業ビジネスを支援する拠点がスタートします。
さらに、産学官金連携の中核を担う場となるイノベーションサロンを中心に、全国、そして世界から多分野のクリエイティブ人材が集い、交流しながら、次々にイノベーションを生み出すオープンな場にしていきたいと思います。2年後の令和7年度には東館もオープンし、長岡商工会議所と市の商工・観光などの部署もそこに入り、まさにワンストップの事業者支援が実現します。
ミライエ長岡を「新しい米百俵」による人材育成、「長岡版イノベーション」をさらに加速させる拠点として、新しい価値の創造による活力あるまちづくりを推進し、日本初の「イノベーション地区」創設を目指していきます。
明るい未来を創るミライエ長岡のこれからの展開に、ぜひご注目ください。
【市町村長プロフィール】
長岡市長 磯田達伸(いそだたつのぶ)。新潟県長岡市出身。1951年10月1日生まれ。1976年、明治大学政治経済学部卒業。同年4月に長岡市役所に入庁した後、企画部長、都市整備部長、財務部長を歴任。2011年、長岡市地域政策監に就任。2012年、長岡市副市長に就任。2016年10月、長岡市長に就任。現在2期目。座右の銘は、「愛語」。趣味は、音楽鑑賞。影響を受けた本は、「銀河鉄道の夜」著・宮沢賢治。