【コラム】新潟県の3つの検証は何が間違っているか(米山隆一衆議院議員・弁護士・医師)
新潟県の3つの検証は何が間違っているか
1.私が2016年10月に当選した知事選挙で公約として掲げ、2013年2月に設置されていた「新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会(技術委員会)」に「新潟県原子力発電所事故による健康と生活影響に関する検証委員会(健康と生活委員会)」「新潟県原子力災害時の避難方法に関する検証委員会(避難委員会)」を加え、さらにそれらを総括する「新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会(総括委員会)」を加えた所謂「3つの検証委員会」を、新潟県は、2023年4月1日に全委員を再任しない事で事実上終了し、2023年9月13日に県自らまとめた「福島第一原発事故に関する3つの検証~総括報告書~(総括報告書)」と「柏崎刈羽原子力発電所に関する安全対策の確認と原子力防災の取組の状況(取組状況)」を発表しました。
この総括報告書の説明会が12月25日に開かれ、私も参加してきましたので、その時の状況を含め、県の三つの検証に対する対応及び、総括報告書の問題点を論じさせて頂きます。
2.まず、新潟県は、いつの間にかこの「3つの検証」を「福島第一原発事故に関する3つの検証」として、「福島第一原発事故についてだけ検証すればいい」としていますが、「3つの検証委員会」はそもそも「新潟県原子力発電所事故に関する検証委員会(検証委員会)」であり、その検証事例として福島第一原発事故を用いるというものでした。
確かに「新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会運営要綱」には
(目的)
第1条 福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)の原因、原発事故による健康と生活への影響、安全な避難方法の3つの検証を総括し、県の原子力行政に資するため、「新潟県原子力発電所事故に関する検証総括委員会」(以下「委員会」という。)の組織、運営その他必要な事項を定めるものとする。
と書かれていますが、「福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)の」は当然ながら「原因」のみにかかり、「原発事故による健康と生活への影響」「安全な避難方法」は新潟県で原発事故が起こった場合の影響、避難方法の検証です(その題材として福島第一原発事故を用います)。
新潟県で延々と福島原発事故における福島での健康と生活への影響や、避難方法のみを検証する意味はなく、それは余りにも言わずもがなな事です。
にもかかわらず、新潟県が、前述の通り、3つの検証は「福島第一原発事故についてだけ検証すればいい」として、新潟県において原発事故が起こった場合の健康と生活への影響や安全な避難方法、又、福島第一原発事故の事故原因の検証を参考にした柏崎刈羽原発の安全性ついての検証はする必要がないとしているのは、県民の命と暮らしを守る県としての役割放棄であり、極めて残念な事だと言わざるを得ません。
3.その上で、仮にこれが「福島第一原発事故に関する」ものであったとしても、県の「福島第一原発事故に関する3つの検証~総括報告書~」に書かれている事の殆どは、論点・課題の列挙に留まり、「検証結果」の記載ではありません。
私も参加した昨年12月25日の説明会で県の担当者は堂々と「検証によって論点・課題を抽出できた」と説明していましたが、通常の日本語において検証とは、抽出した論点・課題に対して、仮説・解決策を立て、その真偽を確かめる事を言います。
「検証によって論点・課題を抽出できた」と言うのは、順序があべこべであり、率直に言って、論点・課題の抽出に留めて実の所一切検証を行わなかった事を誤魔化す為の詭弁だと言わざるを得ません。
新潟県は、現実に検証を行うことなく三つの検証委員会を中止したのですから、其れならそうと正直に「我々は検証を行うことなく、論点・課題の抽出だけで、三つの検証を中止しました。」と言うべきです(それならそれで賛同は出来ませんが理解はできます)。
それをこの様なあからさまな詭弁で誤魔化すのは余りにも志が低く、この事態を招いた事に大きな責任のある私が言うのも非常に恐縮ですが、しかし、「怒り」と言っていい感情を禁じ得ません。
4.特に新潟県の矛盾が明確なのは、「現実的避難計画における被爆シミュレーション」についてであろうと思います。
県の発表した「取組状況」のP.96 「238の課題への県の取組状況」の第229番に論点として「避難計画の実効性を検証、評価するため、どの程度の被ばくが見込まれるか把握するための拡散シミュレーション、避難に関する交通シミュレーション、それらを組み合わせた被ばくに関するシミュレーションは重要。」とされていますが、これに対する「県の取組状況とその内容」については、「国でシミュレーションは実施済。県としては、課題解決のための具体的な目的を持って実施すべきものと考えている。」としているだけで、何ら具体的な取り組みは為されていませんし、今後の方針も示されていません。
私が昨年の国会において、3月30日に開催された原子力問題調査特別委員会で避難における被爆シミュレーションについて尋ねた所、国の回答は、「県からの申し出があれば、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構が開発したOSCAARなどのツールを用いて、いつでもその様なシミュレーションは出来る。」との回答でした。
実際新潟県は、民間企業である(株)構造計画研究所に依頼して原子力災害時避難経路阻害要因調査(阻害要因調査)と言うシミュレーションを実施・報告しており、これらのシミュレーションにOSCAAR等による拡散シミュレーションを重ねれば、現実的な避難状況における被爆を、ある程度の確度で予想する事は、十分に可能です。
ところが、新潟県は、まともな理由も示さず頑としてそれをしません。12月25日の説明会で私が「『シミュレーションは重要だ』としながら、可能であるにもかかわらず、何故それを行わないのか?」と質問した所、県の担当者が「どのような条件が適当か検討し必要であれば行う」と回答したので、更に「県自身が避難員会・三つの検証委員会を終了したのに、どうやって検討し、必要だと判断するのか?」と聞きましたが、担当者は判で押したように「どのような条件が適当か検討し必要であれば行う」と繰り返すだけでした。
要するに、「県民に対してきちんと説明できる理由はないけれど、シミュレーションをやりたくないから(やると不都合だから)やらない」のだと、考えざるを得ません。
それは、県民の命と健康に責任を持つべき県として、余りにも無責任な態度だと私は思います。阻害要因調査でも示されている所ですが、自主避難率40%と言う通常のシナリオでも大きな渋滞が起り、PAZの一般避難者の30km離脱の90%避難時間は、13時間40分にも及びます。
現在、新潟県・柏崎市、刈羽村が求めている避難道路の整備がなされても、最短で9時間程度に短縮されるにすぎません。そうなれば、当然ながら避難者は一定程度の被爆をします。
しかし、それが事前のシミュレーションで分かっていれば、例えば原子力発電所のトラブルが重大事故と判明する前の段階で避難を始めるとか、簡易な防護服を配布して着てもらうとかと言う対策を講じる事である程度防ぐこともできるでしょう。
また、実際に避難に9時間~14時間程度の時間がかかるなら、まずもってトイレの問題に加え、避難車両同士の事故や、燃料切れで止まってしまう車、更には体調不良や病人の出現も高確率で起こるでしょう。
それらの様々な事態に備え、それに対処する為の人員に必要な防護措置をしておく為にも、「現実的避難計画における被爆シミュレーション」は必須だと言えます。しかし、新潟県は、頑としてそれをしません。
5.仮にもう原発を一切稼働しないというなら、原発事故も避難もほぼ起こらない訳ですから、「現実的避難計画における被爆シミュレーションをしない」と言う選択肢もあり得るとは思います。しかし、仮に、未だ態度を明言していない新潟県・花角知事が再稼働に向かっているのであれば、原発を稼働する限り常に事故は起こり得るのですからむしろ、万が一の事態に適切に備える為に「現実的避難計画における被爆シミュレーション」は必須です。
そして「現実的避難計画における被爆シミュレーション」に基づいて、それに備える為にどの程度の人員・資材・費用が掛かり、誰がそれらを負担し、その上で尚どの程度の被爆をして、それによってどの程度の健康の被害と社会への影響があるのかを示した上で、県民の意見を聞く事が「信を問う」という事です。
私は、その為に必要な検証を行い、その結果を県民に提示する為に「3つの検証委員会」を立ち上げました。花角知事も2回の選挙でそれを実行すると公約したはずです。検証をしたと言いながら検証をせず、具体的な判断材料を提示することなく、「信を問う」などと言われても、問われた県民は答えようがありません。
「3つの検証」に対する今の新潟県のあり様は、その本来の目的を見失い、「検証をしていないのに検証したと見せかけ」「判断材料を提示していいないのに提示したと見せかけ」「信を問えていないのに信を問うたと見せかける」為の「3つの見せかけの検証」に堕してしまっていると、言わざるを得ません。
間もなく、新潟県は重大な政治的決断の時を迎えます。新潟県が県民の命と暮らしを守るその責務に相応しい対応をする事を祈ると共に、それがなされない事態にも、備えなければならないと思います。
米山隆一
1967年新潟県生まれ、1986年灘高等学校を卒業、1992年東京大学医学部を卒業。1999年独立行政法人放射線医学総合研究所勤務、2003年ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究、2005年東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講、2011年医療法人社団太陽会理事長就任、2011年弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士に就任、2016年新潟県知事選挙に当選、2021年衆議院議員選挙に新潟5区から当選。1992年医師免許を取得、1997年司法試験に合格、2003年医学博士号を取得( 論題「 Radial Sampling を用いた高速 MRI 撮像法の開発」)