【私のいない時代を生きる子どもたちへ】自由塾IKINUKIが生まれたわけ。~今日も地域の片隅で~<後編> 内山航(新潟市議会議員)

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初回掲載:2024年3月21日

 

前編はこちら→ 【私のいない時代を生きる子どもたちへ】自由塾IKINUKIが生まれたわけ。~今日も地域の片隅で~<前編> 内山航(新潟市議会議員)


 

退院後

無事に退院してからも学校になじめるか、いろんな心配がありました。運動はできませんでしたし、できないことも増えました。本人もそれを感じているようで性格も変わったなと感じています。友達と満足に遊ぶこともできないし。

親としてできることは何か。と考えた時に、思い浮かんだのが、勉強でした。成績を上げようとしたわけではなく、なんでもよいので、自分でできるという自信をつけてもらいたかった。というのが本音です。

そして、その時に一番意識したのが、「お父さんはいつまでもお前のそばにいられるわけじゃない」ということです。

私が勉強を教えれば成績が上がるのはわかっていましたし、今まで勉強していなかった人が勉強するわけですから、成績が上がるのはある意味当たり前です。しかし、私がいなければ何もできないようなら、それは意味がない。私がいなくても勉強以
外の様々なことに挑戦できるスキルを身に着けてもらう必要がありました。

そこで始めたのが、「自分で目標を立て、自分ですべての予定を組む練習」です。目標の立て方、予定の立て方を私なりに指導していきました。予定を組む力が付けば、私がいなくても問題解決の手法を自ら探せるのではないか、という考えからです。

朝5時からの勉強が始まりました。勉強よりも予定を立てるほうがよっぽど大変です。子どもたちはこれがすごく苦手です。未だに予定は立てづらいようです。

それでも少しずつ少しずつできるようになってきました。

成績はもちろん上がりました。能開の成績で言うと偏差値40程度から調子が良ければ75~80くらいまで上昇(小学校時代の話で、今はそんなに高くあませんが)。が、それは結果として現れた 「良いこと」であって、これを目指さないほうが良いと個人的には思います(一般的な学習塾はこれを目指すべきだと思いますし、それが存在意義だと思いますので否定しませんし、リスペクトしていますが)。

息子の自信も回復してきたように思います。自分で自分のことを決められるようになってきました。判断ができるようになってきたなと感じます。

小学校の卒業式では学年の誰より大きな声で返事をしていました。当時一番うれしかったことです。

さて、ここまで長く書いてきましたが、本題に入りましょう。

この「目標と予定を立てる技術」は非常に重要であると同時に、あらゆる場面に使え、有用性が高い技術だなと感じています。これをいろんな子どもたちにも伝えたいなと、 そう考えるようになりました。そんな塾があったらいいなと。

こどもたちに、自分で判断したり決断したりする力がつき、目標を達成するためのプロセスを自分で考える力が付けば、当然成績は上がります。そして、その力は塾を卒業した後もずっと残り、勉強以外でもいくらでも活用できます。

地域に還元できるものも多いです。地域の方と子どもたちとの橋渡しもできます。

こどもたちにとっては地域の方との触れ合いと同時に大人の経験を知る場として、地域の方にとっても子どもたちを通して社会との接点を増やす居場所として。いろいろな人が集うことによって、あらゆるものを生み出せる場所になっていけたら。そして、私にとっては長年の夢だった学校の先生のようなことができますし、何より、私の人生の豊かさを増やしてくれる一つの趣味として(私、勉強教えるのが趣味なんですよね。中学生のころから)。そして、これからの仕事のバリエーションを増やす可能性も考慮して。

みんなにとってプラスであり続けられる居場所がいいなと。ボランティアではなく、手伝ってくれる人みんなにメリットがあってほしいと思います。そのメリットを享受するためにいろんな方が集ってもらえれば。

町内会長のナマラエンターテイメント江口歩さんが町内で何かやりたい! と言っていた時期もぴったり一致し、自由塾IKINUKIが2021年にスタートしました。

勉強なんて頑張るもんじゃない。仕事なんて頑張るもんじゃないと思っています。頑張っているな、というのは外からの評価。自分としては、息を吸うように、呼吸をするようにやればいいと思っています。それが一番強いかなと。もっといいのは楽しくてしょうがない、という状態なのでしょうが。

最後に「IKINUKI」に込めた思いは。

「息抜き」ができる居場所であって「生き抜く」力が付く場所。

生きる力を
① 自ら考える力
② コミュニケーション能力
と定義して。

「息をぬいて」取り組もう、そしてみんなで不透明な時代を「生き抜こう」

今回はここまで。さあ、今日もきっといいことがある。

内山航(うちやま こう)

1981年生まれ。大学卒業後、パチンコダイナムに就職。国会議員の秘書、衆議院議員選挙挑戦を経て、2015年、新潟市議会議員に初当選。他にも新潟駅南口にある天神尾自治会館で行われている「自由塾IKINUKI」の塾長。単純な学習支援にとどまらず、経営者や財務省を含む行政関係者による特別授業、実験授業等を展開。また、こどもたちが実際に仕入れから包装、ポップづくり、販売までを手掛け実際に現金を稼ぐ授業も好評を得ている。

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