【Biz Search#2】町工場から世界へ。ツインバード・匠の技と感動をもたらす顧客主導の商品革命(1/2)
1951年、新潟県三条市に小さな町工場が創業した。後に革新的な家電を次々にヒットさせる企業・ツインバードである(現在本社は燕市)。社名は一対になった二羽の鳥であり、一羽は商品を使う顧客、もう一羽は商品をつくる自社であるという。名実ともに顧客に寄り添うことで成功を収めているツインバード。この先の飛行経路を探る。
◆金属加工の聖地「燕三条」に創業した宿命
江戸初期に農民の副業として始まった「和釘づくり」が、当地の金属加工産業のルーツとされている。近隣には金属にまつわる中世の遺跡や地名などの痕跡があるため、時代はさらに遡るのではないかと指摘する研究もある。
和釘はやがてキセル、ヤスリなどといったふうに生活の変化に応じてアウトプットを変え、数百年を経て西洋食器・カトラリーの大量生産の成功に辿りついた。幾度となく訪れた需要減少を“候鳥”のように乗り越えて、今日ここに、日本を代表する金属加工の町は継続し発展している。
燕三条駅から10分ほど走ると工業団地が見えはじめ、TWINBIRDの大きなロゴが目に入る。
ここで顧客とともになって次なるプロダクトを磨いている。地方の下請けメッキ工場がイノベーティブな家電メーカーにまで飛躍した背景には、金属加工産業の聖地で創業した宿命をあえて背負い、宿命を原動力として時代を先に進めようとする、壮大でテクニカルなビジョンがあった。
◆コミュニケーションと商品開発の関係性
『自社とは、顧客にとって何なのか。』
この哲学的な問いは経営者にとって、自社が「選ばれる存在」になるための通過儀礼だ。
既知のことだが、ブランドは企業側が勝手に作るものではない。顧客や世間がブランドとして認めるかどうかである。
ツインバードはそのことを熟知して戦略的、いや献身的にブランド構築を実現した事例である。
2011年、先代からのバトンを受け、代表取締役に就任した野水重明社長。就任前から構想を練っていたであろう「ブランディング」に向けてギアを入れた。2014年、「ブランディング元年」と宣言し、独自のポジションを確立するための方針を示した。「守り」から「攻め」に転じるという、内外に向けた意思表示である。
2015年には東京(日本橋小伝馬町)に自社ビルを取得。小伝馬町はかつて金物問屋の連なったエリアでもある。メガ消費地“TOKYO”に置いたビルではモノを直接売るための店舗機能は重視されず、自社商品を世に知らしめるための発信地として活用される。東京に在るメリットとしてメディアリレーションは加速度的に増えていく。ビル1Fには燕三条の産業と自社商品を体感できる「Gate CAFE」を設け、実際の商品に触れてもらい、自社ブランドに込めた思いを伝える。
ツインバードの場合、コミュニケーションと商品開発はいつも両軸で回している。
顧客の反応を漏れなく集め商品開発に還元し、既存ラインナップのさらなる改善と、新商品のアイデアの源泉にする。メディアは効率的に商品や思いを伝えてくれた。それに乗じて、商品開発の源泉である顧客の「声」が増えていき、両軸の回転速度は上昇していった。
顧客の声に寄り添いながら商品を進化させる「デザイン思考」のアプローチである。単なる商品開発に留まらず、顧客の潜在的なニーズや課題を深く理解し、その解決策を共に模索する姿勢に通じる。デザイン思考を基盤とする企業文化が、ツインバードの革新的な商品開発を支えていることが垣間見える。
◆ブランド革新の鍵を握るチェンジリーダー
どれだけ素晴らしい戦略を打ち出しても、実行するのは社員、つまりインナーであり、それを受け止めるのが顧客だ。構造がそうである以上、初手はインナーなのである。
『自社とは、顧客にとって何なのか。』という哲学を超訳し、社内の指針、いわゆる「理念体系」の整備をはじめた。
経営理念「感動と快適さを提供する商品の開発」を基軸に、より具現化するための行動指標「PVV(パーパス・バリュー・ビジョン)」を策定し、部門内でブランディングを意識させる役割を担う「チェンジリーダー」を配置した。チェンジリーダーは、変革の推進役だ。各組織を仲介し、「PVV」をはじめとしたブランド定義を浸透させていく。
ブランドは1つ、理念も1つである。熱量も含めて、全社員に等しく意識させるためには、受け手によって認識が変わるような曖昧さがあってはならない。言語化し、ロジカルに丁寧に落とし込んでいく。
役員合宿や「PVVワークショップ」などトップと社員によるディスカッションの時間も定期・不定期で設けられる。共通認識を形成するために多くの時間を使用し、ブランド戦略部という専任部隊が、部門横断でさらなる理解・浸透のための具体策に取り組む。
理念体系整理の前年には、企業内大学「TWINBIRDアカデミー」が開校している。ここでは「全員で教え合い、全員で学ぶ社風づくり」を実践しながら、全社員がPVVを念頭に置き、多角的なビジネス課題へのアプローチを学びあう。
さらには名刺や社内のモニターで流される映像、ユニフォームに至るまで「見えるところ」に統一感を持たせた。
ビジュアルの一貫性を保つこともブランド価値を上げるためには必要だ。なぜなら特性が異なるオーディエンスに対して分かりやすく、伝わりやすい。「あるべき世界観」と「見た目」の乖離を縮めていった。
ブランド投資を結実させて、やがて顧客や売上を獲得する。そのベースづくりとして、ブランディングの方向性と社員の動きを連結させることに注力していた。
◆「匠プレミアム」と「感動シンプル」、戦略的なブランド分化で市場に挑む
パーパス(=存在意義)
1.感動と快適さの提供により、人々の「持続可能な幸せ」を創造する
2.燕三条地域特性を生かした付加価値創造により、地域経済成長を牽引する
3.グローバル視点で活動し、国内外の社会課題を解決する
バリュー(=価値基準)
1.お客様(=エンドユーザー)に寄り添う、お客様第一主義
2.燕三条の職人気質でこだわり、最後までやり抜く
3.スピード感を持ってチャレンジする「まずやってみる」
4.目的達成のために部署や役職の境目なく互いに助け合う
VISION2030 ビジョン(将来ありたい姿)
「お客様満足No.1」のその先へ
~燕三条発のイノベーションで、世界中の人々に持続可能な幸せを提供するブランドになる~
いかなる場合も、理念を言語化するとスローガンに近いものになる。ポジティブな言葉が続き、深堀りやエビデンスは語られない。
①「具体性の欠如」 :どのようにして「感動と快適さ」を提供するのか
②「差別化要因の不明確」 :どのようにして「独自性や競争優位点」を保持するのか
③「実行計画の不在」 :どのようにして「具体的な戦略や戦術」をたてるのか
④「評価基準の不明瞭」 :どのようにして「成功を測定」するのか
これらは中期経営計画やIR資料に解説されている。また、顧客に対しては「心にささるものだけを。」という不変の信念を中心において、ブランドに込めた思いをより明確に打ち出すため2つのブランドラインで商品を展開し始めている。「①具体性」「②差別化要因」「③実行計画」を担保したリブランディングである。
【2つのブランドライン】
<1>匠の技術・暗黙知を家電の力で具現化する『匠プレミアム』
<2>⽣活者の”不”を最もシンプルな形で解消する『感動シンプル』
「匠プレミアム」では、消費者がまだ知らない本質的な豊かさを提供する。「感動シンプル」では、消費者が抱える本質的な“不”を最もシンプルな機能・デザインで解消する。
『匠プレミアム』ブランドの一例として、「全自動コーヒーメーカー」は、コーヒー界のレジェンド・田口護氏と燕三条の匠の技術によって極限までのこだわりを実現している。田口護氏は、1968年に創業した「カフェ・バッハ」の店主で、2000年に開かれた沖縄サミットの晩餐会はバッハ・ブレンドのコーヒーで締めくくられ、好評を博した。2011年に発刊された『田口護のスペシャルティコーヒー大全(NHK出版)』は今も業界内ではバイブルのような存在で、世界からレジェンドと評される人物だ。
低速臼式フラットミルは、ステンレスミル刃によって豆を均一に挽くだけでなく、摩擦熱を抑え豆の風味を守る。6方向のシャワードリップでは、匠のハンドドリップを再現した。湯温調節は90度と83度に設定ができるようになっているが、この83度という値も田口氏が推奨するもので、豆本来の味を引き出し、雑味の無いまろやかなコーヒーを淹れられる温度であるという。
ほかにも、「匠ブランジェトースター」はドイツで開催されるパン職人の世界大会”iba cup”で2015年、日本人初の総合優勝を果たした『世界一のパンの匠』・浅井一浩氏との共同開発により、匠の技術を忠実に再現している。
『感動シンプル』のほうは、冷蔵庫にしても「背伸びせず使える冷蔵庫」「中身が見える冷蔵庫」といった風に普段の生活にフィットする家電だからこそ、顧客の生活者としてのニーズがより明確に具現化されている。
「首振りがいらないサーキュレーター」は、ジェット機のエンジンと同じ思想で設計し、効率よく空気を押し出す。首振りすることなく大風量かつ静音の空気循環がされ、「家族の声が聞こえるくらい静かな風」を実現した。
「ごみすての少ないクリーナー」は、クリーナー本体のダストケースからドック内部のダストパック(紙パック式)にごみを移し、まとめて捨てることで、掃除のたびに必要になるごみすてを減らし、日々の掃除の負担を軽減した。
これらの商品は、ツインバードが顧客の日常に「匠の技」をもたらし、また「必要なものだけ」を提供することで、感動と快適さを長期にわたり提供することを目指す商品開発への姿勢が見えてくる。プレミアムな体験と、シンプルながらも核心をつく機能性が、それぞれのブランドの特徴を際立たせている。
ニーズや本質は顕在化していても潜在化のままでも、それはどちらでも構わない。ニーズや本質に気づかせるのは、企業側の役目として背負っている。
<パート2へ続く>
濵畠 太
ビジネス書作家、マーケター、ブランドマネージャー。
東証プライム上場企業4社で広報、プロモーション領域責任者を歴任。2013年より、企業に所属しながらビジネス書の出版、研修講師など社外に活動の場を広げ、現在も複数地方の自治体や中小企業の経営コンサルティングを受託している。
<著書>
『小さくても愛される会社のつくり方』(明日香出版社)
『わさビーフしたたかに笑う。業界3位以下の会社のための商品戦略』(明日香出版社)
『20代でつくる、感性の仕事術』(東急エージェンシー)
『ヒット商品を生み出す最良最短の方法』(こう書房)
『「こち亀」両さんのビジネスをマーケティング的に分析してみた』(総合法令出版)
『倒産寸前だった鎌倉新書はなぜ東証一部上場できたのか』(方丈社)
<Biz Search>
ビジネス書作家・濵畠太が新潟企業の事例研究を通して、新潟ビジネスにおけるトレンドと戦略、地域の課題や未来を発信するレポート。マーケ、ブランド戦略の専門家である同氏が調査員となって、新潟企業のトップを訪問、地方発のイノベーションに斬り込む。
ディレクション 伊藤 ナヲキ